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『美食通信』第三十七回 「昼のご馳走『鰻』――サクッと食べる贅沢な時間――」

 この『美食通信』も四年目に入りました。主宰のThe Cloakroomの島田さん、また読者の皆様には引き続きのご贔屓どうかよろしくお願いたします。

 さて、昨年に続き十二月の初め、栃木県大田原市にお住まいの大学院時代の先輩、M女史に会いに出かけました。昨年は那須の「レストラン・クエリ」でランチしましたが、今年はMさんのリクエストで芦野町にある「丁子屋」で鰻を食することになりました。大田原からは車で一時間弱、現在は那須町に属するのですが、同じ那須町でも別荘地として有名な那須高原は新幹線を挟んで反対側で、同じ山の中なれどこちらは鄙びた感じの旧奥州街道沿いに「丁子屋」はありました。M女史は子供の頃、「丁子屋」の真向かいにあった公証役場でお父様が所長をされており、役場の裏の社宅に住んでいたそうです。現在は更地となって町営の無料駐車場に。そこに車を停めて、「丁子屋」へ。週末は予約が必要な名店とのこと。

 品書きは鰻重と蒲焼、白焼のみと酒のつまみもほぼ皆無に近く、何と潔いことよ。筆者は銘柄不明の冷酒一合に蒲焼、冷奴というシンプルな選択。蒸しが弱めで身がしっかりとしており、食べ応えのある蒲焼でした。

 それにしてもこんな山の中に鰻屋とは。元々は旅籠として江戸時代から三百年以上の歴史があるそうで、鰻は近くに奈良川があるからとのこと。そう言えば、高知の四万十川の鰻は有名です。関東も坂東太郎、利根川を始め、多くの河川があるので鰻はあちこちで名物に。埼玉では浦和、川越。千葉では成田や佐原などなど。成田は新勝寺の参道沿いに鰻屋がずらっと軒を並べ、「川豊」、「駿河屋」といった名店が。

 佐原は利根川べりですので、伊能忠敬旧邸周辺の昔の街並みを散策した後は鰻を食するのが常道でしょう。筆者は日帰りの他にも旧家をリノベーションした「ニッポニア」に何回か宿泊したことがあり、ディナーは付属のレストランでフレンチですが、翌日の昼はやはり鰻を食べました。「山田」が有名なようですが、筆者のお薦めは街並みからは離れてしまうのですが、まさに利根川ベリにある「麻生屋本店」です。工場のようなビルで趣はありませんが、一階で座敷に上がって鰻をいただくことができます。観光地から離れているので比較的空いているのと、蒲焼、白焼の他に「塩焼」があり、これが絶品です。見た目は白焼に似ているのですが、こちらはそのまま塩焼にするというなかなか野趣味ある一品。蒸していないので鰻に油がのっていて、なかなか食べ応えがあります。

 思えば、筆者が子供の頃、ご馳走と言えば「鰻」でした。半世紀以上前、幼稚園から小学校四年生まで筆者は長野県の上諏訪市に住んでいたのですが、当時、家族での外食といえば、父の勤めていた銀行のすぐ脇にあった「寿司金」か、湖畔の方にしばし歩いたところにある鰻の「おび川」でした。「寿司金」はカウンターで、子供が食べるのはせいぜい巻物や海老、穴子、玉子といったところで、筆者の好物はその原型を知らない「蝦蛄(しゃこ)」でした。海老のように火が通っていて、穴子のような甘いツメがかかっている。それに比べ、「おび川」は二階に上がった座敷で大人も子供も同じ「鰻重」をいただくので、子供ながらに「おび川」に連れて行ってもらう方がご馳走感があり、嬉しく思ったものでした。数年前、四十年ぶりくらいに諏訪を訪れる機会を得ました。中学生の頃、父と一度出かけて以来です。「寿司金」も「おび川」も健在でした。「おび川」は昔のままの佇まいで、旅の終わりに昼に鰻をいただいて帰りました。焼きがしっかりしていて、味も濃く、子供の頃食べていたのはこんな鰻だったのかと感慨深いものがありました。

 諏訪から神戸に引っ越したのですが、神戸で鰻を食した記憶がありません。穴子や鱧の押し寿司はいただきましたが。父がお土産に何処かからいただいてきた鱧の押し寿司は絶品でした。神戸での外食はやはりステーキが多かったです。印象に残っているのは父が「加美乃素」の偉い方とご一緒し美味しかったといって、来客があった際連れて行ってくれた「いかりや」でした。ステーキソースではなく、一口にカットされた肉をぽん酢でいただいたのは初めてでその美味しさに子供ながらに驚いたのをよく覚えています。この店も健在のようでさすが老舗と感心しました。和食で外食に出かけたのは「うどんすき」くらいでした。ポートタワーにあった「美々卯」に連れて行ってもらい美味しかったのでリクエストしたのですが高価だったのか「美々卯」は時々で、名前を逸しましたが新神戸駅近くの別の店によく出かけたものでした。

 やはり、鰻さらには寿司は関東風が良かったのでしょう。しかし、思えば、筆者の亡き両親は共に静岡市生まれだったのですが、静岡で鰻を食したことがありませんでした。まあ、鰻は浜松が有名で静岡と浜松では同じ静岡県でも歴史的には藩が異なり、文化圏も異なっているからでしょうか。やはり駿河湾は魚介が豊富で、子供の頃、母方の祖母は料理が上手で、家に出入りの行商のおばさんが毎日来て、祖母が見繕って料理してくれ、寿司も家で手作りでしたので鰻の出番がなかったのでしょう。夜が和食でしたので、子供の頃の母方の祖父とのランチはもっぱら「グリル中島屋」で洋食でした。

 両親が亡くなり、静岡に住んだことのない筆者はある種の郷愁もあり、年に何回か実家に出かけることがあるのですが、筆者の場合夜はフレンチですので、昼に何を食そうかと考えた時、鰻はどうかと思い、探したところ素晴らしい料理屋を見つけました。

 現在は静岡市に合併した清水にある、旧東海道沿い、やはり街道沿いの筆者の好物の「追分羊羹」本店からしばらく静岡方向に向かうとある老舗の割烹「芳川」です。清水の次郎長や西郷隆盛も訪れたという料理屋で鰻が自慢ですが、他の料理も色々とあります。何が素晴らしいかというと素敵な中庭を眺めながら個室の和室で食する鰻は上品で格調高い。それで価格は普通の鰻屋と変わらない。今や栃木でも佐原でも5000円弱というのが相場で、あの空間で同じくらいの価格なら正直安いくらいです。

 本来、鰻は鰻重の場合、焼き上がるまでに時間はかかるものの料理が出てくれば、お重をかき込む感じになります。「丁子屋」でも同じ部屋の先に来られていたお客様たちもお重が出てくると三十分もかからず、皆いなくなっていきました。筆者は蒲焼を肴に日本酒をちびちびやっているのですが、お重を食される方たちが食べ終わるまで焼きの待ち時間を含め一時間ほどでしょうか。「竹葉亭」や「野田岩」で鰻のコースでも食するなら別ですが、ディナーで何時間も座を温める料理ではありません。ちょっとした旅行や週末の昼を贅沢に過ごしたい時、「鰻」は最適のご馳走ではないでしょうか。次にいつ何処で「鰻」を食することになるのか。筆者はいつも楽しみにしております。

今月のお薦めワイン 「新たな年を祝って――シャンパーニュで乾杯――」

「クロエ AC シャンパーニュ ドメーヌ・ヴァンサン・クーシュ」 12000円(税別)

  『美食通信』も四年目に入りました。この三年間、「今月のお薦めワイン」のコーナーはフランスとイタリアのワインに関してそれぞれを比較、類推させ、システマティックに概観して参りました。両国の主要なワインに関してはおおよそ網羅できたと自負しております。

 そこで今年は筆者の飲んでみたいワインをブルゴーニュ、ボルドー、イタリアと三つのグループに限ってローテーション的に紹介させていただこうと思います。

 フランス料理に関しては大学に入ってすぐから愛好家となり、半世紀近くになりますが、ワインはそれに遅れて十年ほど、一九九〇年代半ばパリに海外研究に出かけることになった頃からボルドーワインに特化して傾倒して参りました。その成果は現在、Facebookにて「エチケットは語る」という形で紹介させていただいております。

 また、ここ十年近くは筆者も年を取ったのと、元代々木町「シャントレル」の中田シェフとの出会いからブルゴーニュワインに関心が移っています。さらにこのコーナーに協力下さっているイタリアワイン専門のインポーター「アビコ」の阿掛社長とも懇意にさせていただいており、イタリアワインにも貴重な体験を多々重ねることが出来ました。

 そこで今年は筆者の心の赴くまま、まさに「お薦め」ワインを紹介させていただければと思う次第です。

 といいつつ、最初から例外で申し訳ありませんが初回はブルゴーニュではなく、代わりにシャンパーニュでございます。まあ、ご存知のようにブルゴーニュの北にあたるシャンパーニュ地方はブルゴーニュと栽培する葡萄が重なってしまい、このままではブルゴーニュに太刀打ちできないのでドン・ペリニヨン修道士がシャンパーニュを考案なさったということになっております。

 筆者は発泡酒に関してはシャンパーニュに尽きると思っています。これに匹敵するのは葡萄品種が同じイタリアのフランチャコルタくらいか、と。あるいはクレマンでブルゴーニュかアルザスに逸品があれば何とかといった感じでしょうか。

 新しい年の門出にはやはりシャンパーニュが似合います。今回選んでみたのはACシャンパーニュの最南端、ブルゴーニュに近いコート・デ・バール地域のビュクスイユにドメーヌを構える自然派シャンパーニュの代表的造り手として有名なヴァンサン・クーシュの「クロエ」です。

 セパージュはピノ・ノワール66%、シャルドネ34%。地域的にはシャンパーニュ南部なのでピノ・ノワールが主です。ただし、クーシュはシャルドネに適した畑も所有しており、ブラン・ド・ブランも造っています。「クロエ」はそのモングーのシャルドネをバランス良くブレンドした亜硫酸無添加の自然派シャンパーニュの名手による自信作です。

 では、今年も良い年でありますように。読者の皆様の健康とご活躍をお祈りして。乾杯!

略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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