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JOURNAL

『美食通信』第十八回「クロワッサン好き」

『美食通信』第十八回「クロワッサン好き」

 筆者はいわゆる「おかずっ食い」で食事の際、主食の穀類を基本食しません。少食なのと食後にデザートを必ず食べますので(それも結構しっかりと)、炭水化物はそれまで控えるようにしたいと思っているからです。お米は週に一回、昼に具がたっぷりの太巻を食べるくらいです。カレーはルウだけ食します。一番苦手なのが麺類。見ただけでお腹が一杯になってしまいますので、滅多に食しません。何人かでイタリアンに出かけた際、ちょっといただくくらいです。個人的にはカルボナーラとかパスタソースは好きですのでレトルトで買ってソースだけ食してみるのですが、さすがに濃過ぎて美味しくいただけません。そんな中、まだパンはましな方で、大学で昼食をとらなければならないとき、アンドーナツなどコンパクトでカロリーが摂れ、パサパサしていないパン類は救いの神です。パンでもパサパサしたものは苦手でアンパンは中のあんこだけにして欲しいと思うくらい。例外はバケットなどフランスパンで、フレンチに出かけて手を出すことは稀なのですが、時折、料理やワインが口の中に残り過ぎた時、水で洗い流すとお腹が膨れるのでバケットをちょっと齧りたくなります。そのままの時とバターをたっぷり付けたいときと、それは時に応じて異なるのですが。  そんな筆者ですが、時折どうしても食べたくなるパンがあります。それは「クロワッサン」。  ただ、クロワッサンであれば何でも良いという訳ではありません。バターをこれでもかとふんだんに使ったクロワッサンでないとダメ。外見は良く焼けていて、でも持つと手にバターが付いてしまう。さらに食すと、中は噛み切る際ねっとり感があり、バターが滲み出てきて、口の周りがテカテカに光ってしまうくらいでないと。ですので、ホテルの朝食バイキングのバターをケチったミニクロワッサンなるものを見るたび、おかずだけにしてパンはやめようと思うのですが、ついつい一つ取ってしまい、一口食べて後悔し、給食用のバターを持って来てべったりつけて食するのですがマーガリンもどきでは、これまたどんどんキワモノ化してしまうのがオチです。  筆者にとって、「『クロワッサン』はこうでないと」とのある種の基準化は一九九四年、パリに初めて一人で海外研究に出かけた際、食した「クロワッサン」にあるかと思われます。それはパリのデパート「ギャラリー・ラファイエット」の食料品専門フロア(日本でいう「デパ地下」)「ラファイエット・グルメ」にあった「ルノートル」の「クロワッサン」。「ルノートル」は当時、日本では西武百貨店が提携を結んでいて、西武デパートには何処にも「ルノートル」が付設されていました。「ルノートル」はパティシエのガストン・ルノートル(1920~2009)が始めたブランドで、ガストン氏はプロのための料理学校をフランスで初めて設立(1971年)するなどフランス料理界に絶大な影響力を持っていました。また、シャンゼリゼ大通りに、甥のパトリック氏がシェフを務める「ル・パヴィヨン・エリゼ」という星付きレストランを経営していた時代もありました。ですので、「ルノートル」はすでに知っていて、日本では主にケーキを食していたのですが、「ラファイエット・グルメ」の「ルノートル」のクロワッサンは壮観でした。焼き上がる時間が決まっていて、その時間になると台の上にこれでもかとクロワッサンがてんこ盛りに出されるのです。それを待ってましたとばかりに、客がワッと寄ってたかって大量に買って帰る。あっという間に無くなってしまうので、筆者も一つか二つですが焼き上がる時間に出かけて、おこぼれを頂戴するかのようにクロワッサンを買いに出かけたものです。その時はシャンゼリゼ大通りを一本奥に入ったポンチュー通りのレジダンスを借りていましたので、散歩がてら歩いて通いました。確かにそれなりに高級なのですが気取ったものではなく、日常のちょっとした贅沢くらいのパンだと思うのです。  その後、二十一世紀になってほどなく、『どっちの料理ショー』で「日本一美味しいクロワッサン」というふれ込みで名古屋の「ブランパン」のクロワッサンが紹介されたことがありました。もう、どうしても食べたくなって、当時、三菱重工に勤める昔の教え子が名古屋にいましたので、友人たちと名古屋詣でし、繁華街から離れた名古屋大学の近くにある「ブランパン」まで教え子の運転するランボルギーニでクロワッサンを食べに出かけました。フランス人の店主が作るクロワッサンは不味くはないものの「日本一」というほど美味しくもなくガッカリしたものです。持って帰るのを待ちきれず、近くの公園で皆で食べたのをよく覚えています。夜、ホテルでワインを飲むとき用といって買った総菜や総菜パンの方がおフランスしていて美味しかった。  人生において、一番クロワッサンを食べたのは二〇〇五年、呼吸器疾患で生死の淵を彷徨い、二ヶ月間入院した時でした。人生初めての入院が面会謝絶になるほどの重篤なもので、精神的にもパニックになってしまい、体重は三十キロ台まで落ちていました。そんなこんなで個室にずっと入院していたのですが、それが功を奏したというか、病院食に融通をきかせてもらうことが出来ました。相当の偏食家だと思われるようですが、何せおかずは文句を言わずに食べるので、ご飯はイヤと言ったら、じゃあ何でもよいので炭水化物を取って下さいということに。呼吸器の病気なので食事に制限がなく、治療者側もともかく栄養を摂って体重を増やして欲しいわけです。またその病院、昼は麺類だというのでそれもイヤだと言ったら、おかずだけ作って出してくれるというではありませんか。そこで筆者は家人にクロワッサンを買ってきて欲しいとお願いしたのです。もちろん、一日三食クロワッサンですので、スーパーに売っている一袋に数個入った大量生産のものを食べていました。チューブ状のバターやチョコレートクリームをたっぷり付けて。おかげさまで何とか生還することが出来ました。まさに「クロワッサンさまさま」です。  それから時折、有名店のクロワッサンなど食してみるのですが大体ダメです。余分な味がする。砂糖が入っているのか甘さを感じる場合が多い。菓子パンのイメージなのでしょうか。先日も南青山にフランスでも有名なクロワッサンの店が再オープンしたというので食べてみたのですがやはり菓子パンに近く、香りは良いのですがオイリーなバター感がなく、澄ました上から目線の味わいでガッカリしました。そんな中、最近食したクロワッサンで最高だったのは昨年九月、浅間温泉に出かけた際泊まった「松本十帖」の朝食で出された「アルプスベーカリー」の「クロワッサン」です。隣の「小柳」の二階に店を構えるベーカリーで焼き立てだったようですが、ともかく持つ手がベトベト、滲み出す大量のバター、お口の周りはテッカテカと食べるのにお行儀よく出来ず一苦労するのですが、これこそ「クロワッサン」を食する醍醐味。久しぶりに美味しいクロワッサンに出会えました。ただ、「信州ガストロノミー」の朝食はメニュがテーブルに置かれてある立派なコース仕立て。クロワッサンにたどり着く頃には少食の筆者はもうギブアップ寸前で。この時ほど、パリの朝食が「コンチネンタル」(生ジュース、パンの盛り合わせ、飲み物のみ)だったことの正しさを痛感したことはありませんでした。   今月のお薦めワイン  「イタリア赤ワインの手頃な定番 モンテプルチアーノ」 「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ レ・モルジェ 2020年 DOCモンテプルチアーノ・ダブルッツォ テッレ・ダブルッツォ」 1900円(税別)   私たちにとって、イタリア料理はフランス料理に比べ、身近で日常使いにも適した得難い西洋料理です。もちろん、高級リストランテでの食事も素敵ですが、ピッツェリアでちょっと小腹を満たしたり、トラットリアで親しい方たちと賑やかな食卓を囲むのも食の幸せな時間に他なりません。そんな気軽な食事の際、欠かせない手頃に楽しめて美味しいイタリアの赤ワインと言えば、「キャンティ」と「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」が双璧ではないでしょうか。切れのいい酸とタンニンのタイトな味わいを楽しみたければ「キャンティ」、ストレートな充実した果実味を楽しみたければ「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」とお考え下さい。「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」はイタリア半島の長靴のちょうど真ん中辺りに位置するアブルッツォ州でモンテプルチアーノ種という葡萄から造られるワインです。このアブルッツォ州、他の州と異なり、この赤のモンテプルチアーノ・ダブルッツォと白のトレッビアーノ・ダブルッツォという二種類のワインが大半を占め、他のワインが殆どありません。しかし、「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」はイタリアワインを代表する赤ワインの一つというユニークな州です。  そして、「キャンティ」が千円を切るコンビニワインから、ヴィンテージ物の高級なものまでグレイドが多岐にわたるように、「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」もエミディオ・ペペのように少数ながら、長熟用に造られ数万円するような銘酒も存在するのです。しかし、ほとんどは手頃な価格の早飲みタイプ。濃いルビー色、ベリー系の香り、果実味豊かですがクセがなく、後に引かない飲みやすさがあり、アフターにちょっとリコリスのようなハーブ系の余韻があります。やや温度を低めにすると料理とも合いやすく、ついつい飲み過ぎてしまうくらい。  今回ご紹介する「テッレ・ダブルッツォ」は1999年設立の新しいカンティーナ(ワイナリー)。クオリティは高く、しかし、手頃に楽しめるワインを提供することをポリシーとする品質管理を徹底したモダンな造り手と言えるでしょう。ちょっとイタリアンな時にどのようなシチュエイションにもピッタリの一本です。どうぞ、お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第十七回「嗜みとしてのゴルフ――マスターズを終えて――」

『美食通信』第十七回「嗜みとしてのゴルフ――マスターズを終えて――」

 今年もマスターズの季節となりました。昨年は松山英樹プロが日本人初さらにアジア人初の優勝という快挙を成し遂げました。まさか自分が生きている間に日本人が優勝するとは思っていませんでしたので、筆者もまた大変感激しました。大学がちょうどコロナ禍でリモートになっていましたので、ついついテレビに釘付けになり、気づくと朝になっている数日でした。最終日、松山選手は最終組でしたので一番ホールから最終十八番ホール、最後のパットを入れて優勝するまでずっとテレビ観戦していました。今年はちょっと残念な結果になりましたがそれでもついつい朝方までテレビに見入ってしまう日々でした。  実は筆者、スポーツが苦手というかあまり好きではありません。団体で行なう競技がとりわけ好きになれず、学校体育は苦痛の日々でした。そんな中、唯一自ら熱中したスポーツがゴルフだったのです。ゴルフを始めたのは小学校五年生の時。ちょうど父の転勤で長野県の諏訪から神戸に引っ越してからということになります。思えば、半世紀も前のことになってしまいました。神戸に引っ越して、父が毎週末、ゴルフの練習場に行くようになったのです。 最初は興味本位でついて行ったのですが、自分も打たしてもらうとがぜんやってみたくなり、毎週父と練習するようになりました。社宅から歩いていける距離に二軒練習場があり、新しくできた方は結構な距離でしたがまだ国道に阪神電鉄の路面電車が走っていて、それに乗るとすぐでした。社宅は一軒家でしたので、小さな庭で父からもらったお古のクラブで毎日素振りをしたり、空き缶を地面に埋めてカップに見立て、パターやアプローチの練習をするようになったのです。基本的なマナーや技術などは父がくれた中村寅吉プロの書かれた初心者用の本を頼りに学んでいきました。  子供ならではの好奇心で我流とはいえ、みるみる上達し、すぐにショートコースに出られるようになり、六年生になる頃には父に連れられ、コースを回るようになりました。父は銀行員でしたので銀行が持っている会員券があり、それをお借りして、名門の芦屋カントリークラブでもプレーさせていただきました。すでに書かせていただきましたが、関西は付け届けが盛んで、お歳暮お中元だけでなく、バレンタインなどことある毎に何か家に届くのですが、その他に休みに家族連れで旅行にご招待下さるなどということもありました。 東条湖という遊園地やゴルフ場といったリゾートを湖畔にしつらえた人口湖があり、そのほとりにある某企業の保養所に数回出かけました。社宅の隣の方とご一緒し、家人は遊園地、自分は父とお隣のご主人と三人でゴルフという訳です。自分はその東条湖カントリーが一番好きでした。関西のゴルフ場は関東の林間コースとは異なり、丘陵コースと言い、アップダウンが激しく、ホールの周囲を木が囲むこともありません。海辺にあるイギリスのゴルフコースをそのまま内陸に移した感じです。ところが東条湖は人口湖ですので、その周囲はフラットでまさに関西では珍しい林間コースだったのです。真夏でも木がありますのでどこか涼やかで実に気分良くプレー出来たのです。 今から五十年も前に小学生がゴルフなどというとよほど特別なことのように思われましょうがそれ程でもありませんでした。当時の会社員は誰もが接待ゴルフ、麻雀等々が仕事のようなものでしたので、自分と同じような境遇のゴルフ少年が同じクラスにいたのです。内田君といってお父様は鐘紡に勤められていました。まさに転勤族の子息です。夏休みが終わって学校が再開すると、お互い、休み中にどこのコースを回ったかなど語り合ったものです。 そのように子供の頃からゴルフをしていたならプロになることを考えたりしなかったのなどと若い友人たちからよく尋ねられるのですが、微塵もそのようなことを考えたことはありません。ゴルフはあくまで趣味、嗜みでしかないというのが常識だったからです。自分が子供の頃、ゴルフを生業にするというのは中卒でゴルフ場に勤め、キャディーから叩き上げるまさに職人の修行でしかなかったからです。 もともと、ゴルフはプロスポーツではなく、「紳士の嗜み」として人気を博してきたのではないでしょうか。実際、筆者の子供の頃、アマチュアゴルフ界には中部銀次郎(1942~2001)という「プロより強いアマチュア」といわれた名プレーヤーがいました。今でこそ、アマチュアゴルフ界はプロになる前の大学生のためにあるかの如くの様相を呈していますが、当時プロゴルフとアマチュアゴルフは別の世界と子供ながらに筆者は捉えていました。中部氏は大洋漁業の社長のご子息。小学校からゴルフを始められ、甲南大学卒業後は大洋漁業の関係会社に就職。サラリーマンをしながら、生涯アマチュアとして活躍されました。ですので、筆者は一度もプロゴルファーになろうなどとは露ほども思ったことはありません。また、父も自分をプロゴルファーにしようなどと考えたことはなかったでしょう。実際、中学二年生の夏に東京支店に転勤になり、船橋の社宅に住むようになってからもゴルフコースには連れて行ってもらいましたが、筆者は以前のような熱心さをなくしていました。それでも、父は別にあれこれ言うことはありませんでした。銀行の同僚が会員権を買うというので、お付き合いで買っていましたが筆者はそれを使わせてもらうこともあまりなく、時々父と一緒に回ったりするくらいでした。 父は筆者が大学に入ってフランス料理に熱中し始めると、銀行の部下の女性行員を二名招いて筆者と四名で毎月フランス料理の食べ歩きをさせてくれました。訪れる店は筆者に任せて、金は出すが口は出さない。ゴルフの時と一緒でした。今は亡き父に心から感謝している次第です。 筆者の母方の祖父はアマチュア野球の審判として、高校野球の甲子園への静岡県大会決勝の主審を務めるなど社会人野球に尽力していました。その縁もあり、母の妹は父の母校ででもある県立静岡商業が甲子園で準優勝した際の監督と結婚し、その叔父はアマチュアゴルファーとして静岡県でもトップクラスの成績を収め、ゴルフショップを経営しています。しかし、筆者は叔父とは一緒に回ったことはありません。ゴルフの話はもちろんしますが。 つまり、ゴルフはあくまで「社交」の一つなのであり、それぞれのテリトリーの中で一緒にプレーすることで人間関係も潤滑になり、生活に潤いが出るのではないでしょうか。筆者は子供の頃、内田君と学校でゴルフの話で盛り上がりましたが、彼と一緒にプレーしようと思ったことはありませんでした。それは内田君には彼の家庭のテリトリーがあり、転校生というその境遇は同じであっても自分の家庭とは異なっていると子供ながらに理解していたからと思います。 一家総出で子供をゴルファーにしようという家庭を見るにつけ、父が平凡なサラリーマンであって本当に良かったと心底思う今日この頃です。     今月のお薦めワイン 「フランスワイン第三の産地 ヴァレ・デュ・ローヌ」 「コート・デュ・ローヌ ルージュ プティ・ロワ 2018年 AC コート・デュ・ローヌドメーヌ・ヴァル・デ・ロワ」 2200円(税別)  今回はフランスの赤ワインでブルゴーニュ、ボルドー以外の代表的ワインを紹介させていただきます。すでに繰り返し申し上げてきましたように、ブルゴーニュは緯度的に赤・白双方の銘酒を産することの出来る実に恵まれた地勢を有しています。ですので、赤ワインはより南が適していることが分かります。そして、ブルゴーニュをそのまま南下した場所に位置するのが「ローヌ」のワインということになります。  ローヌの赤ワインを代表する葡萄品種は何といっても「シラー」でしょう。ボルドーの「カベルネ・ソーヴィニヨン」「メルロ」、ブルゴーニュの「ピノ・ノワール」と並んで世界中でヴァラエタルワインとして造られている品種の一つです。南の葡萄だけにスパイシーで野性味にあふれ、アルコール度数も高い。北ローヌではシラー単品種で造るワインが多く見られ、最北の「コート・ロティ」はその中でも高価な銘酒を生み出しています。また、そのすぐ南に位置する「コンドリュー」は早飲みの高級白ワインの産地でヴィオニエ種という珍しい葡萄品種から造られています。  しかし、多くのローヌのワインはシラーとグルナッシュなどの混醸でスタイルとしてはボルドーに近いと言えましょう。その中でも珍しいのは南ローヌを代表する赤ワイン「シャトーヌフ=デュ=パープ」で13種類の葡萄品種を用いることが出来ます。造り手によっては単品種で造る者もいて、多彩な味わいを楽しむことが出来ます。  今回ご紹介するのはもっともポピュラーな「コート・デュ・ローヌ」の赤です。ブルゴーニュで言えば、ACブルゴーニュに相当するワインです。上記の通り、シラー、グルナッシュ等の混醸で、グルナッシュは南仏のワインでもよく用いられますので、シラーの割合の多いワインを選んでみました。この「プティ・ロワ」はシラー60%、グルナッシュ40%となっています。  造り手はエマニュエル・ブシャール。ブルゴーニュワインを代表するドメーヌ、ブシャール家の一族で父のロマン氏が1965年に南ローヌのヴァルレアに畑を持ったのがこの「ドメーヌ・ヴァル・デ・ロワ」の始まり。エマニュエル氏は97年にドメーヌを継承。2013年にエコセール認証を得るなど自然派ワインを造っています。自然酵母での発酵、樽を用いず、葡萄の味わいそのものを感じられるワイン造りがモットーとのこと。  若くても楽しめる果実味たっぷりのローヌのワイン。ブルゴーニュの洗練さと対照的な野趣味にあふれたパワフルな味わいはこれからの季節、野外でのバーベキューなどにもピッタリかと思われます。是非お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第十六回「菅田将暉現象―『ミステリと言う勿れ』をめぐって―」

『美食通信』第十六回「菅田将暉現象―『ミステリと言う勿れ』をめぐって―」

 「月九」と言えば、一九九〇年代のテレビドラマ全盛期、『東京ラブストーリー』、『ロングバケーション』、『ビーチボーイズ』といったトレンディなラブロマンス路線で一世を風靡したものでした。しかし、SNSが発達し、テレビ離れが進む中、テレビドラマ全体がエンタメにその座を奪われ、低迷状態が続いています。そんな中、「月九」も路線変更を図り、『コンフェデンスマンJP』や『監察医朝顔』といったそれぞれがコンセプトを持った個性的な作品で視聴者を取り戻しつつあります。そして、この二〇二二年最初のクール、話題を呼んでいるのが菅田将暉主演の『ミステリと言う勿れ』です。原作は『月刊フラワーズ』に二〇一七年一月初掲載の田村由美によるミステリー漫画。「普通の大学生」を名乗る天然パーマが印象的な主人公、久能整(くのう・ととのう)が次々と不可解な事件を解決していくというもの。  特徴的なのは主人公が極めて無感情な面持ちで、長口舌を繰り広げ、事件の真相を明らかにすることでしょう。若者ですから豊富な経験からではなく、抜群の記憶力と観察力からの推理。実際、人生初の焼肉屋で、「メニュが多すぎて、注文のシステムがわからないから選べない」とお手上げ状態に。ちなみにカレーが好物でジャワカレーとバーモントカレーのルーを半々で作るのがルーティーンとか、サッポロ一番は味噌ではなく塩に限る。しかも、何も具を入れず、封入されている「すりごま」の風味で食するのが最高と食にもこだわりを見せています。筆者が思い出したのは、大学院生時代、博士課程から入ってきた後輩に(といっても年は自分の方が若かったのですが)大変な偏食家がいて、「どうして食べられないの」と尋ねたら「経験がないから」との答えが。「じゃあ、食べてみなければ食べられないかわからないじゃん」と筆者。  このドラマで主人公が解決する事件は家族というテーマが重要な意味を担っていると考えられます。整の初恋?の相手「ライカ」は父親に性的虐待を受け、重い解離性同一性障害(多重人格症)に罹患し、長期入院している女性の最後に残った別人格という設定。かく言う、整も胸に火傷の跡があり、親から虐待を受けていたことを示唆しています。これは犯罪心理学的に言えば、ラカンの言う「家族複合(コンプレックス)」に原因のある犯罪。このような複雑なキャラクターを演じることの出来る若手俳優は菅田将暉をおいて他にいるでしょうか。彼は横浜流星や神尾楓珠のようなイケメンではありませんが、菅田将暉という独自の存在感を放っています。  それは例えば、「スダラー」と呼ばれる「菅田将暉の名言通りに生き、服も食事も思考もすべて菅田を完コピする信者」を生み出すことに。その代表の「将暉」さんは歌舞伎町のホストクラブでナンバーワンになり、テレビにも登場。「これぞ、今どき男子的生き方術」と帯に記された『影ニャでニートでアイドルオタクだった僕が歌舞伎町で指名ナンバーワンホストになって水を売る理由』という本まで出されています。  では、その菅田将暉的生き方でポイントとなるのは何かと言えば、音楽活動とファッションと言えましょう。こうしたライフスタイルの確立は2016年3月20日に放映された『情熱大陸』をご覧になるとその起源を知ることが出来るでしょう。筆者も『美男論』の講義で取り上げたことがあります。この回は通常の製作スタッフが撮影したのではなく、菅田の希望で彼を知る映画監督がフィルムを回したのでした。ある意図を持ったドキュメントというより菅田の日常をありのままに記録に残す形になっています。その中で菅田は部屋を借り、友人たちと服作りに励んでいます。また、GReeeeNの楽曲「キセキ」の誕生実話をもとにした映画『キセキ―あの日のソビト―』(2017年1月28日公開)の主役として、バンドのヴォーカリストを演じ、同じバンド仲間を演じた横浜流星、成田凌、杉野遥亮とスタジオで練習する光景も撮影されていました。このユニットは「グリーンボーイズ」としてCDも発売しています。そして、この辺りから菅田はミュージシャンとしての活動も本格化していきました。 実際にまた、ドラマが終わるこの三月、アルバム『COLLAGE』が九日に、これまで五年間のスタッフによるスナップと私服のコーディネイトを撮り下ろした本『着服史』が二十五日に発売されます。しかも、『着服史』の帯や表紙に使われた写真は俳優の永山瑛太が撮影したもの。以前は「瑛太」と名乗っていた永山も『ミステリと言う勿れ』に犬童我路役で登場。しかも、そのストレートの金髪姿が初見で「これ誰?」と思う意外性に富んでおり、しかも極めて美しい。実は筆者、瑛太時代、やはり金髪で演じた『のだめカンタービレ』(2009~10年)での峰龍太郎が大好きで、瑛太の金髪は大好物なのです。  また、永山だけに限らず、『ミステリと言う勿れ』に登場する事件関係者は皆個性的で魅力的。「ライカ」を演じた門脇麦を筆頭に、虐待された子供を救うため家に放火して両親を焼死させる白装束の「炎の天使」、早乙女太一の美しさにも感嘆。また、『三好達治詩集』の詩を用いて爆破予告をする記憶喪失の爆弾男を演じた柄本佑も実に素晴らしい。菅田将暉の個性的演技は独壇場になるのではなく、他のキャラクターをも生かし、いや引きたてさえもしています。菅田の主役としての存在感は揺らぐことなく、ゲストの俳優の魅力も最大限に引き出させる。こうして、『ミステリと言う勿れ』は実に充実した作品に仕上がっていると言えましょう。  最後に筆者が嬉しく思ったのは、文学作品が重要な役割を担っていることです。爆弾男は『三好達治詩集』を肌身離さず持っていました。そして、何といっても「ライカ」と整の会話がマルクス・アウレリウスの『自省録』を用いた暗号で行なわれるのに整が岩波文庫版の『自省録』を携帯したことで、文庫が増刷されたのでした。いにしえの文人ローマ皇帝(121~180)の人生訓。哲学史的には「ストア派」に属する作品です。美智子上皇后さまの相談役としても知られる精神科医の神谷美恵子氏(1914~79)が昭和二十三年に公刊し、三十一年に文庫になった四半世紀も前の訳が現代に蘇る。さすがに本屋で平積みされていた文庫の帯に整の菅田の写真が使われていたのにはちょっと違和感を覚えました。天下の岩波書店でも背に腹は代えられないか、と。筆者にとって、岩波文庫と言えば、半透明のパラフィン紙をカバーにしていた質素なスタイルこそ本領発揮と思うのですが。  いずれにせよ、菅田将暉現象が「今の」日本文化の様々な領域でその一翼を担っているのは明白。ますます菅田から目が離せません。   今月のお薦めワイン 「フランスのドイツ 多彩なる白ワインの宝庫アルザス」 「レ・プランス・アベ・ゲヴュルツトラミネール 2018年 AC アルザス  ドメーヌ・シュルンバジェ」 3800円(税別)   昨年のクールの第四回目はフランスの白ワインを紹介させていただきました。今年はそのヴァリエーションです。「ワインの王様」、ブルゴーニュワインはその地勢が赤白共に優れたワインを産する場所に位置し、赤はピノ・ノワール、白はシャルドネという最適な葡萄品種を得て、それぞれ単品種のみで多様なワインの世界を構築することになりました。緯度的にブルゴーニュより北は白、南は赤が優勢ということになります。従って、ブルゴーニュ以外のフランスの白ワインの名産地の第一はドイツとの国境にある「アルザス地方」のワインがすぐに思い浮かぶことでしょう。実際、アルザス地方はドイツとの国境をめぐる戦争が起こるたびに所属が変わる歴史を持っています。現在はフランスですが、今回の造り手シュルンバジェはドイツ語読みでシュルンベルガー、パリっ子ならシュランベルジェと発音することからも分かりますように明らかにドイツ系の血を引く人々の住む土地なのです。  従って、アルザスワインの最有力品種はドイツワインと同様、リースリングとなります。しかし、アルザスではその他にグランクリュを名乗れる品種として、リースリングと共に今回ご紹介するゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、ミュスカの四種があり、他にもピノ・ブラン、シルヴァネールといった品種が単品種で造られています。もちろん、「ヴァン・ダルザス」と名乗る混醸のワインも造られていますが、やはり単品種で造られたワインの方が高級です。  今回、その中から「ゲヴュルツトラミネール」を選ばせていただいたのは、極めて個性的かつアルザスが主たる産地であるからです。その個性は「香り」にあります。おそらく、世界中の白ワインの中で一番香りが強いのではないでしょうか。それも香水のようなフルーツ系をベースにスパイスが効いたフローラルな実に印象深い香りで一度体験すれば、次回から香りを嗅ぐだけで言い当てることが出来るでしょう。味わいは辛口が主ですが、アルザスには稀少な甘口もあります。辛口は香りに見合うコクがあり、口当たりは滑らか、微かな塩味も感じられます。  今回ご紹介させていただくシュルンバジェは1810年創業の歴史あるアルザスを代表するドメーヌの一つ。現当主、アラン=ペイドン氏は七代目とのこと。栽培はビオロジック。所有する畑の半分がグランクリュ畑。今回はグランクリュでなく、リーズナブルなスタンダードのキュヴェの方を紹介させていただきますがそちらも15年未満のグランクリュの若木の葡萄が使用されているそうです。ボルドーで言えば、セカンドワインに相当します。「重たさのないリッチさ」がモットーのワイン造りとのこと。他の品種、グランクリュとラインナップも多彩なので、興味を持たれたら、他のワインもぜひお試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP  

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『美食通信』第十五回「ヴァレンタイン考」

『美食通信』第十五回「ヴァレンタイン考」

 二月に入ると毎年何だか憂鬱になります。このコロナ禍で外出を控えているのですが、一人暮らしの筆者は近所のスーパーに買い物に出かけないわけには行かず、レジを済ませて買った品物を袋などに詰めるスペースの脇がヴァレンタインデーのチョコレートを売る臨時のコーナーになっているのです。この人生ヴァレンタインに縁のない筆者とはいえ、急ごしらえの大々的なスペースに圧倒され、なんとも惨めな思いに苛まれるのです。  思えば、ヴァレンタインデーにチョコレートをプレゼントするという習慣はお菓子業界の戦略で日本独自のものであることは周知のこと。ただ、その起源は諸説あるらしく、戦前の「モロゾフ」製菓の広告であるとか、戦後、メリーチョコレートが伊勢丹でキャンペーンを行なったのが最初など定かではないようです。ただ、その習慣化は1970年代、小学校高学年から高校生の女子が好意を持つ男子にチョコレートを贈るという行為が広まり、80年代に入ると大人たちの間でも「義理チョコ」といった同僚や上司への気遣い、さらには「ホワイトデー」といった返礼の商戦が展開していった模様。筆者は70年代初めに小学校高学年になっていましたので「本命チョコ」の洗礼をもろに被っていたわけです。しかも、ちょうど父の転勤で長野県の諏訪から神戸に転校したのは小学校五年生の時でしたので、「モロゾフ」の本拠地神戸ではヴァレンタインは一大行事だったのです。女子からチョコをもらうことはありませんでしたが、父が銀行員で取引先にモロゾフ、ゴンチャロフといった地元の菓子会社も含まれていましたので、ヴァレンタインには家にチョコレートの詰め合わせが贈られて来ました。チョコ好きの筆者としてはモテない虚しさを覚えながらも、チョコレートには不自由することなく過ごすことが出来たのです。  その後もヴァレンタインのチョコにはまったく縁のないまま現在に至っているのですが、唯一の例外で、昔の教え子のNさんから毎年律義にヴァレンタイン当日にチョコレートが贈られて参ります。Nさんはキャリアウーマンで多忙な方なのですが、昨年の『美食通信』一周年のイヴェントにも紅一点参加下さり、場を盛り上げて下さいました。「按田餃子」の按田優子さんと大学の同級生であの年の学生さんとは御縁があるようです。二十年近く前、生死の淵を彷徨う二か月の入院を余儀なくされたことがあるのですが、その際もNさんはライターのO君と一緒にお見舞いに来てくださり、当時伊勢丹に上陸したばかりのジャン=ポール・エヴァンのチョコを持参して下さいました。筆者が今生の別れにエヴァンが食べたいとリクエストしたらしいのですが、何せ重篤な病で精神的にも混乱していて当時の記憶がおぼつかないのです。  また、ヴァレンタインデーが毎年の恒例行事となると、プレゼントするものがチョコレートだけではなくなってきました。ワイン業界もエチケットにハートマークをあしらった銘酒シャトー・カロン=セギュールを筆頭にヴァレンタインが名前についているシャトー・ロル・ヴァランタンなどあの手この手でヴァレンタイン用のワインをプレゼンしています。  しかしこの時期、筆者の脳裡をよぎるのはジャズのスタンダートナンバー、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」です。一時期、1950年代後半の女性ジャズヴォーカルにはまった筆者にとって数々の名唱に遭遇してきましたが、やはりまず聴くべきはチェット・ベイカー(1929~88)の演奏でしょう。もともと、1937年に発表されたロジャーズ/ハートのミュージカル『ベイブス・イン・アーム』の劇中歌で、歌唱を広めたのはフランク・シナトラ、またトランペットの巨匠マイルス・デイヴィスがインストナンバーとしてカバーしたことで有名になりました。ベイカーはトランペッターであり、また独特の中性的な声とそのイケメンぶりで50年代、時代の寵児と謳われ大変な人気を博しました。そんなベイカーの事実上のデヴューアルバム『チェット・ベイカー・シングス』(1954~56年録音)には「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」も収録され、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」といえば、ベイカーのこの録音の名前が挙がることでしょう。「パシフィック・ジャズ」レーベルから出されたアルバムは白Tのベイカーがマイクの前で歌う姿が赤・黄・青のトリコロールを背景に浮かび上がるというジャケットがまた秀逸。レコードの時代、ジャケットは購買力を左右するものであり、また芸術性も兼ね備えた重要な要素だったのです。  確かに上記のアルバムでのちょっと物憂げなハイトーンヴォイスのベイカーの歌唱はお洒落で素敵なのですが、他の曲に比べ演奏時間も短く、印象が弱い気がします。同じアンニュイな歌唱なら「ザ・スリル・イズ・ゴーン」や「アイ・フォール・イン・ラヴ・イージリー」などの方が聴きごたえがあるか、と。筆者がお薦めするのは1958~59年にミラノでステレオ録音された『チェット・ベイカー・ウィズ・フィフティー・イタリアン・ストリングス』に収められた「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」です。実はこの演奏はオリジナルLPには収録されておらず、CD化された際に復刻されたもの。ベイカーは麻薬中毒でこの後不遇の時代を過ごし、70年代後半から活動を再開。80年代に入ると86年、87年と来日を果たすなど活躍の場を広げましたが、88年アムステルダムのホテルの窓から転落死するという波乱の人生を送りました。このアルバムもアメリカにいると逮捕される危険があったのでヨーロッパへ脱出し、その旅先で録音したもの。しかし、60年夏にはイタリア警察に逮捕され、61年末まで活動停止に。ここで聴かれる「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」はパシフィック盤のような気だるいものではなく、もっと深刻でメランコリックな歌唱。ストリングスの海に溺れてしまうのではないかと不安になるような印象深いもの。このアルバムでは歌っているのも半分であとはトランペットソロとパシフィック盤のような勢いはまったく感じられません。当時、彼が置かれていた状況を反映しているのかも。  もちろん、女性ヴォーカルにも名演は多々存在します。例えば、ダイナ・ショアがアンドレ・プレヴィンといれた『ダイナ・シングス・プレヴィン・プレイズ』(1959~60年録音)に収められた「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は落ち着いた大人の女性の魅力にあふれ、後にクラシックの指揮者に転身したプレヴィンのピアノのセンスの良さが光ります。しかし、今回色々聴き直して圧倒されたのが、アニタ・オデイ(1919~2006)が1958年に録音した『アニタ・オデイ・シングス・ザ・ウイナーズ』に収められた歌唱です。ご機嫌なエリントンの「A列車で行こう」から始まるアルバムで「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」の直前はビッグバンドをバックにスウィングしまくる「シング・シング・シング」と果たしてどうなるかと思いきや、ほとんど譜面とは異なった音程で壮大なオデイ独自の世界を繰り広げて行く、堂々と歌い上げるオデイの何と魅力的なことよ。筆者はオデイが最後に来日した1994年のライヴを聴く機会を得ましたが、50年代の偉大なシンガーを生で聴けたのはオデイが唯一でその貴重な体験は今でも鮮明に覚えています。当時はオデイのクセの強い歌唱が苦手でどうしたものかと持て余してしまっていたのですが、今聴くと50年代後半から60年代初頭のいわゆるヴァーヴ(レーベル)時代のオデイのアルバムはどれも高水準で外れがないのに驚かされました。  さあ、珈琲を淹れて、昼間Nさんから届いたエヴァンをいただくことにしましょう。さて、どの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を聴くことにしましょうか(2022年2月14日、脱稿)。   今月のお薦めワイン 「イタリアのオールラウンドプレーヤー、ヴェネトのワイン」 「マシエーロ メルロ 2017年 DOC ブレガンツェ・ロッソ アンガラーノ」 4500円(税別)   イタリアの二大ワイン産地(トスカーナ・ピエモンテ)はどちらもイタリア北部に位置しますが、イタリア北部で最もワインの生産量が多いのはヴェネツィアを州都とするヴェネト州です。ソアーヴェなど白ワインが主であるのですが、カベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネなどフランスの葡萄品種に適した土地でもあり、街の気軽なイタリアンなどでキャンティやモンテプルチアーノなどと一緒にリーズナブルな価格で提供されているカベルネなどはきっとヴェネト産です。もちろん、イタリアでボルドーの葡萄品種を使って上質のワインを造っているのはトスカーナのスーパートスカンと言われるワインやDOC「ボルゲリ」を名乗るワインですが、気軽に楽しめるカベルネをはじめとしたフランスの葡萄品種のワインはほとんどヴェネトのワインです。これは、フランスでは南仏のヴァン・ド・ペイ(現在、IGP)でカベルネなど他の地方の葡萄品種のワインを手頃な価格で造っているのに類似しています。  前回、フランスでボルドーに似たワインとして南西部のカオールを紹介させていただきました。今回はその応用で、イタリアでボルドーに似たワインをお探しの場合は昨年の「ボルゲリ」が筆頭に思い浮かびましょうが、より手頃に楽しめるのはヴェネトのワインであることを知っていただきたいのです。しかも、フランスワインの葡萄品種であれば、ピノ・ネーロ(ピノ・ノワール)やリースリングなど主要な産地の葡萄品種はどれも造っていますので何かと使い勝手が良いかと思われます。  また、近年はコスパだけを売りにするのではなく、品質にもこだわったワインを造るようになっています。今回紹介させていただく「マシエーロ」もDOCブレガンツェを名乗るメルロ100%のワインです。ジョヴァンナ家五人姉妹による家族経営のワイナリー。イタリアを代表する醸造家マルコ・ベルナベイをコンサルタントに招くなど品質にこだわったワイン造りを行なっています。1570年完成のワイナリーの建物「ヴィラ・アンガラーノ」は、アンドレア・パラディオの設計で、1996年、ユネスコの世界遺産に登録された由緒あるもの。エリザベス女王の母君、エリザベス王太后(1900~2002)がよく訪れたそうで、王太后はメルロを愛飲していたと言われています。  王太后がヴィラで飲まれたワインの現在形を是非、お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第十四回「想像のグルメ」

『美食通信』第十四回「想像のグルメ」

 明けましておめでとうございます。今年も拙文を楽しんでいただければ幸いです。  さて、年末年始どのようにお過ごしでしたでしょうか。筆者は千葉の郊外住宅地に住む独居老人ですのでおせち料理を食べるでもなく、いつも通りの生活を送っておりました。一人寂しく食卓につきますのでどうしてもテレビをつけてしまいます。静寂の中での食事は苦痛に過ぎませんので。フランス料理では会話を楽しむからこそ食事に数時間かかるのであり、「黙食」ではフランス料理の醍醐味は堪能できません。もちろん、筆者も大学生の頃、フランス料理を一人食べ歩いた時期がありました。それは勉強というか修行というか、テイスティング能力を高めるため家で毎日ワインを開け続けたのと同じことで、フランス料理を堪能すること、時間と空間を楽しむ「美食」を実践するための前提だったと言えましょう。フランス語を活用するためにはフランス語の文法を学び、単語や人称変化を覚えなければならないのと同じことです。  実際、1994年に海外研究でパリに一人出かけた際、ビストロで昼食くらいは取りましたがグランメゾンへディナーに行く気にはなりませんでした。当時は珍しかったパリの日本人オーナーシェフの店「レ・キャルト・ポスタル」(一区、マルシェ・サントノレ)でランチをした際、隣のテーブルにきちんとした身なりのサラリーマン四人組(男女各二名)が座るなり、メニュを広げ、何を食べるんだと何を飲むんだと喧々諤々話し合いを始めました。その料理ならこのワインだろうとか、なかなか決まらず、それでも最終的に白・赤一本ずつボトルでワインを注文し、良く食べ良く飲み、良く話すこと。もう圧倒されました。これこそ、フランス料理の醍醐味ではないか、と。ですので、95年、96年とパリに出かけた際は明治大学の学生さんにご同行願い、昼はビストロ、夜は星付きグランメゾンと一週間以上毎日食べ歩いたものです。もちろん、昼も夜もワインをボトルで頼みました。筆者は少食で一口試食すれば充分という訳で、たくさん食べて下さる方と出かけるのを常にしています。グランメゾンになりますと、当時はアラカルトが常識でしたのでオードブル、メイン、デセールの三皿しか頼まないのですが、何故か気づくと12時近くというのが毎回でした。自分たちは7時に予約を入れますがフランス人はだいたい8時頃やって来て、日付が変わりそうなのでそろそろ我々が退散しようとしてもまだ腰を落ち着けて話に興じています。それもそのはず、当時筆者でさえ、一食一人二万~三万円の予算だったのですから、お金をかけた分時間と空間を堪能し尽そうというフランス人の自然体の在り方に感嘆した次第です。ですので、元々外食が好きではない筆者は自ら外食する場合、ほぼフランス料理店にしか出かけなくなりました。もちろん、お金がかかるので頻繁に外食できないからでもあります。  そんな筆者ですので、一人家での食事で静寂に耐えられず、テレビをつけてしまうのですが年末年始はろくな番組がなく、しかもグルメ番組が多い。お笑い芸人やタレントが大勢で馬鹿の一つ覚えの「美味しい、美味しい」を連呼する情報系の番組を見る気になれず、もっと嫌なのは料理人が出てきて、コンビニやファミレスの商品を審査する番組です。昔、『料理の鉄人』という番組がありましたがあの番組がまだましだったのは、料理人は審査される側であって、審査する側ではないからです。しかも、専門外の商品にまであれこれ言うのはいかがなものか。案の定、トラブルが生じました。イタリアンのミシュランシェフがコンビニのおにぎりか何かを、見映えが悪いので食べる価値なしと食せず失格としたとのこと。視聴者から批判が殺到。しかも運悪く名前のよく似たイタリアンシェフの店まで苦情が殺到し、風評被害甚だしいこと。さらに、業界通を気取るネット文化人?があれはテレビ局の台本通りに動いたのだからシェフが可哀そうといった本末転倒の言説まで飛び出して呆れ返りました。もし、そのシェフが台本通りに演じていたとしたら、そのシェフは自身では審査していないのであり、判定能力に欠けているやもしれないわけです。というか、本物のミシュランシェフであれば、そんな番組には出ないでしょう。出る必要がないからです。とんだ茶番に過ぎません。  そんな中、筆者はテレビ東京の『孤独のグルメ』をずっと観ていました。年末には九時間連続で再放送していた日もあり、朝食、昼食と居間に降りていき、テレビをつけると松重豊氏演じる「井之頭五郎」がもくもくと一人食事をするシーンが出てまいります。結局、大晦日も『孤独のグルメ』の特番を見終わって、新年を迎えることになりました。  もうお気づきかと思いますが、筆者もこの『孤独のグルメ』大好きなのですが、通常のファンの皆さんと筆者が決定的に違うのは筆者が主人公のような食事を絶対にしないというこの一点に尽きます。つまり、筆者は紹介された店に出かけることは少なくとも一人では絶対にない。しかも、井之頭五郎は酒を一切飲まず、頼むのはだいたいウーロン茶。しかも、大食漢で炭水化物大好き。筆者はデセールを必ず食するのでそれまで炭水化物は基本食しません。ご飯はもとより、麺類も。フレンチに出かけてもパンにはほとんど手をつけません。    主人公が横浜の洋食店に立ち寄った際、ハンバーグ定食か何かを食した後、さらにナポリタンを平らげていて、もう驚くばかり。その食べっぷりが見事で松重氏は本当に食されているというから感心するばかり。その店なら自分も行ってみたいと思いますが、一人では絶対無理で何名かで出かけて、自分は単品で料理だけ取って、他の方たちの料理を味見させていただき、ワインなどあれば一緒にいただきたいとは思うものの……。まあ、その可能性は限りなく低いわけです。同じ横浜の中華街で五郎がフラリと入ったこじんまりした中華料理店もたまたま友人たちと「スカンディヤ」に行くときその前を通ったのですが行列が出来ていて、行ってみたいけれど予約が出来ないなら無理だねえ、と。   そう言った意味では松の内が明けた頃に放映された『ラーメン大好き小泉さん』もとても楽しく拝見しました。ラーメン大好きな女子高生たちがあちこちのラーメン店を食べ歩くのですが、何時間も並んだ末に十分そこいらで食べ終わってしまう。しかも麺と来れば、筆者に最も縁のない食べ物なのですが何故か見入ってしまいます。何故なのか。  井之頭五郎は黙食しているのですが、心の声が食事中ずっと流れていて、何が美味しいのかを実に雄弁に語ってくれるのです。小泉さんも食べ終わった時の至福の表情もさることながら、食するラーメンについて語る語る。店主の苦労話や解説まで聞くことが出来ます。つまり、食について詳しく語られることで、筆者など決して口にしないものでありながら、想像力がフル稼働して、きっとこんな風に美味しいのだろうなあと思い描くだけでもう脳が喜ぶというか幸せな気持ちになるのです。  タレントたちの「美味しい」の連呼や、ミシュランシェフの見映えが悪いから食する価値なしという言動は想像力がまったく働かない虚しい「言葉」の浪費に過ぎないのです。想像力を掻き立てる「言葉」こそ、「美食」を語る者が磨きに磨きをかけねばならぬもの。とすれば、明日は我が身と常に反省する毎日です。   今月のお薦めワイン 「ボルドーがない場合はカオールかマディランを」 「カオール 2015年 AOPカオール ドメーヌ・レ・ロック・ド・カナ」 2800円(税別)   昨今、気軽で小洒落た飲食店であれば、何処でもワインを置いてあります。その場合、ワールドワイドなチョイスの場合が多いかと思います。そうした場合、ボルドー、ブルゴーニュは高くなりますし、専門性も高い。そこでリストに載っていない場合も多々見受けられるかと思われます。そんな場合、ボルドーっぽいタンニン=渋みのしっかりした濃厚なワインを飲みたいと思ったときに意外にリストアップされているのが「カオール」、「マディラン」といった地名=アペラシオンのワインです。実際、これらのワインはボルドーを流れるガロンヌ河の上流域、南西地方と総称される地域で造られています。  その中でも「カオール」はボルドーで補助品種として用いられている葡萄マルベックを最低でも70%使用したワインですので必然的にボルドーと類縁性があります。地元ではコー(コット)と呼ばれているマルベックで造られる「カオール」は別名「黒ワイン」とも呼ばれ、色が濃く、タンニンも豊富で熟成させることも可能です。ボルドーワインを素朴にしたような味わいと思われれば良いでしょう。しかし、中でもシャネルが経営しているシャトー・ラグレゼットはさすがに洗練された造りで価格も若干高めですが一度お飲みになられる価値はあります。また、カオールが無くてもアルゼンチンの気候がマルベックに合うようで、アルゼンチンではリーズナブルなマルベック100%のヴァラエタルワイン(品種表示ワイン)を造っていますのでお店のリストに見つけることが出来るかもしれません。カオールとアルゼンチンのマルベックを飲み比べてみるのも良いかもしれませんね。  ちなみに「マディラン」の方はタナという葡萄品種を主に造られており、こちらも濃厚でタンニンの豊富なワインとなっています。アラン・ブリュモン氏が造る「シャトー・モンテュス」はマディランを代表する銘酒であり、トム・クルーズが自家用ジェットで買いに来るとか来ないとかで有名に。  今回ご紹介する「カオール」は、約2000年前、ガリア人がローマ侵略の際植樹した最初の葡萄畑の一つという歴史あるドメーヌ。マルベック100%、ビオロジックで造られています。熟成にも耐えるようですので程よくこなれた感じを楽しめるかと思います。価格もリーズナブルですので、是非お試しあれ。  ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第十三回「佐原のニッポニア」

『美食通信』第十三回「佐原のニッポニア」

 七月最後の日でした。高校の同級生と季節ごとに出かける約束があり、いつもなら横浜のスカンディヤに出かけるのですが、コロナの感染状況が芳しくなく、飲食店の酒類提供制限や県外への外出を控えるようにとのことで行先変更を余儀なくされ、結局、県内の香取市に出かけることになりました。香取神宮を参拝し、佐原の昔ながらの町並みを残した伊能忠敬の旧宅付近を散策することにしました。土曜日でしたので県内からの観光客で随分賑わっていました。駐車場へと路地を入っていくと両脇に「ニッポニア」と書かれた暖簾がかかった建物が。調べると「佐原商家町ホテル」とあり、古民家や蔵などを宿泊出来るように改装し、何軒か点在しているとのこと。食事はレセプションを兼ねた酒蔵を改装したフレンチレストランで取ることが出来るらしいのです。九月に松本十帖を訪れ、好印象を持ちました。松本十帖はブックホテルでしたが、佐原も客室にテレビは置いていないとのことで、観光客が余りいない日に一度泊まってみたいと思いました。  十一月は筆者の誕生月であり、例年誕生日には十名ほどで会食を行なうのを常としてきたのですが、このコロナ禍で昨年は親しい友人と南青山の「ランタンポレル」で食事出来たものの今年のバースデーは一人家で過ごすことに。何か味気ないなあ、と。ちょうど月末の日曜日に教え子の結婚式があり、横浜に出かけることに。披露宴が午後二時くらいには終わるというので、友人に車で迎えに来てもらい、そのまま佐原の「ニッポニア」に出かけることにしました。何だかんだと横浜を出たのが四時頃になってしまったのですが、湾岸、東関道と高速を飛ばせば、六時には到着してしまいました。五時を過ぎると辺りは真っ暗で、成田空港との分岐以降はほとんど車も通っておらず、佐原に入っても細く暗い道が続くばかりで人影もまばら。九月、人のほとんどいない浅間温泉に夜八時近くに到着した時のことを思い出してしまいました。  それでもナビに従い、レセプションのあるKAGURA棟に到着。一番近いSEIGAKU棟に泊まることに。しばし、歩いて路地を曲がると一番手前の暖簾がかかった引き戸が筆者たちの泊る部屋の入り口。同じ出入り口で大家は母屋に現在も住み、筆者たちの泊まる部屋は蔵を改造したもの。あれ、何処かで見たような光景が。そうだ、七月に駐車場に停めようと曲がった路地はここだったと気づきました。あの時は真夏の昼下がりでしたが、暖色のライティングで入り口がほんのり明るく照らされた路地は確かにあの時通った路地でした。部屋はメゾネットになっていて二階建て。広さ的には一棟貸しのスイートに次ぐ部屋のタイプです。中に入ると暖房が効いていて、とても暖かい。蔵の手前に小さなリビングが設置され、バストイレもそちら側に。蔵の扉は開かれたまま、蔵の中は一階にも二階にもベッドが置かれていて、一階には畳が敷かれてちゃぶ台と座布団が置かれたスペースがありました。二階は歴史的資料が飾られていて、松本十帖のようなブックホテル風。ベッド四台でしたので二人ではなく、四人で来るとき使うべきだったと。結局、二階はまったく使わず仕舞でしたので。檜風呂の風呂場が若干寒い以外は空調が効いていて、特に一階のベッドの付近はとても暖かく、大変気に入りました。  さて、食事は先ほどチェックインしたKAGURA棟の奥が「ル・アン」というレストランになっていて、地産地消のフレンチを堪能することが出来ます。また、酒蔵を改装したレストランということからも分かりますように酒蔵や醤油など発酵食品が盛んな土地柄、発酵をテーマにしたメニュになっています。朝食は和食ですがこちらも発酵食品を多用して、味噌汁の他に粕汁も選べるようになっていて、酒粕の大好きな筆者としては嬉しく思いました。ご存じのように千葉県は首都圏ながら農業県でもあり、魚は銚子から、野菜も地元のものを用いています。メインは上総和牛のローストでしたが肉の脂ののり方がちょうどいい塩梅で、豚肉が有名なのは知っていましたが牛肉もこんなに美味しいとは灯台下暗しだと感心した次第です。全体的にレヴェルは高く、都内のフレンチと遜色のない出来だったと思います。 しかし、何より嬉しかったのはワインリストでした。九月の松本でも諏訪でも、さして美味しくもない信州ワインのみを小売価格の三倍以上の観光地価格で提供し、折角のレストランの評価を下げる結果になっていたのですが、「ル・アン」のワインリストは数こそ少ないものの高価なワインはすべてボルドーかブルゴーニュという筆者には嬉しい限りのチョイス。しかも価格的にも宿泊者は10%オフになりますので、小売価格の1.5倍くらいで飲むことが出来ました。筆者が選んだのはリニエ=ミシュロのモレ=サン=ドニ2019年でした。2012年のジュヴレ=シャンベルタンが欠品だったのでブルゴーニュはこれしかなかったのです。まだ早いかなあと思ったのですが飲んでみるとこれが充分飲めて、とても美味しい。後で調べてみると、造り手が最初の五年間の良さを楽しんでもらえるように造っているとのことで納得。ただし、グラスが小さめのボルドーグラスだったのは残念。二万円近いワインですからグラスくらい大きめのブルゴーニュグラスにしていただいたら、若いワインはもっと開いて美味しくなっていたでしょうに。もちろん、デキャンティングが良いのですがそれを要求するのは酷でしょう。ですから、せめてグラスを適切なものにしていたら、問題は生じないのですから。  ホテルのチェックアウトは12時とこれも合格。朝食を済ませて、小江戸の街並みを散歩するのにちょうど良い。ところが、月曜日は何処も店が休みで、うっかりしていました。七月に寄った伊能忠敬記念館向かいにある上品な老夫妻が営んでおられる珈琲店に行こうと思ったのですがそこも休み。注文を受けたあと、豆を挽き、ペーパードリップで丁寧に落として下さる美味しい珈琲だったので。しかも、今回出かけるに際して調べたところ、店主は伊能忠敬の子孫で伊能家十七代目の伊能さんと判明。珈琲を飲む店も見当たらず……。昼食後に寄るはずだった香取神社に先に行って昼食にすることに。  さて、昼食ですが「水郷佐原」と言われるように、利根川がすぐのところにあり、川向うは茨木県という地形。従って、名物は「鰻」です。これも一番有名な山田屋本店は休みで、大きな国道沿いの別館に出かけてみたのですが、交通の便の良いファミレス風の店は行列が出来ていました。仕方なく、二番目に有名らしい「麻生屋」本店に出かけることに。こちらはナビで到着することが出来ず、住宅街をうろうろしてしまう結果に。利根川の堤防脇に工場のようなビルがあり、そこが本店であることが判明。分かりにくい場所にあるせいか、客はほとんどいませんでした。座敷に上がって、品書きを見ると、蒲焼、白焼、の他に「塩焼」があるではありませんか。頼もうか迷ったのですが、まずは蒲焼でお手並み拝見と蒲焼と地元の日本酒「東薫」の冷酒、そして肝焼きを注文。肝焼きは大きな肝で濃厚なタレが肝の苦みとマッチして久しぶりに美味しい肝をいただきました。蒲焼は逆にふっくら、タレもしつこくなく上品な仕上がり。店は田舎風ですが、味は洗練されていて、再訪し次回は「塩焼」に挑戦したいと思った次第です。  都心から二時間かからず、このような素敵な旅が堪能出来るとは。もう少し街並みを楽しめる日にまた来たいと思いました。しかし、週末は混むのでやはり平日がよろしいかと。 今月のお薦めワイン  「シャルドネだけで造られたシャンパーニュ ブラン・ド・ブラン」 「シャルドネ・ド・モングー NV AOPシャンパーニュ ヴァンサン・クーシュ」 8000円(税抜)   『美食通信』も二年目に入りました。ワインの紹介は6×2=12のワンクールでシステマティックに展開させていただいております。つまり、第一回目がシャンパーニュで第七回目がイタリアのフランチャコルタとどちらもスパークリングワインでした。今回から2クール目に入る形になります。今年もやはり、引き続きフランスワインとイタリアワインをパラレルに展開させて行こうと思います。今年は各国二大産地ではない地域のワインを紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお付き合いください。   さて、二年目の第一回目となる今回は再びシャンパーニュをご紹介したいと思います。前回はピノ・ノワールだけで造られたコクのあるブラン・ド・ノワールを紹介させていただきました。今回はその逆でシャルドネだけを使って造られたシャンパーニュをご紹介したいと思います。これをブラン・ド・ブラン(白の白)と申します。白葡萄=シャルドネで造られたロゼに対する白シャンパーニュという意味です。シャルドネだけで造りますので、酸の切れ味の良い爽やかな味わいが特徴的です。今回選んだ造り手はシャンパーニュを造る一番南の地区コート・デ・バールのビュクセイユ村にドメーヌを構え、ビオデュナミを実践するヴァンサン・クーシュ。ただし、この地はピノ・ノワールに適した土地ですので、このブラン・ド・ブランは北のコート・ド・セザンヌとの中間にあるトロワ近くの飛び地、モングー村に所有する畑で造られたシャルドネを用いています。この地は白亜質土壌のため、ミネラル分が多く、キリっとしたブラン・ド・ブランに相応しいシャルドネが出来るのです。 昨年最初のブラン・ド・ノワールと比較して飲んでいただければ、シャンパーニュにも様々なスタイルのあることが実感出来るかと思われます。是非、お試しあれ。  ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』  第十二回  「グッチのオステリア」

『美食通信』 第十二回 「グッチのオステリア」

 『美食通信』もおかげさまで一周年を迎えることが出来ました。これもひとえに読者の皆様のおかげ、また、主宰の銀座The Clockroom島田社長にもお礼申し上げます。  さて、先に連載が始まった栗岩稔氏の『酒番日記』が一周年のイヴェントを10月にお店で開催されましたので、筆者の『美食通信』一周年のイヴェントも行なおうということになりました。そこで打ち合わせを兼ねた食事を、と島田さんからお誘いいただいた次第。で、10月28日にオープンしたグッチのレストランを11月1日に予約したのでいかがですか、と。グッチのレストラン!すでに、なかったっけ。あれはブルガリ?ベージュはシャネルだっけ?  ブランドに縁のない筆者は困惑するばかり。もちろん筆者も若かりし頃、色気づいてファッションに興味を示したものです。前回お話したように、大学生だった1980年代初頭に裏原宿の「pool」まで服を買いに出かけ、その後、大学で教え始めるようになると、ファッションに詳しい学生にスタイリストをお願いし、カール・ヘルムやアニエスbを着るようになりました。個人的にはゴルチエにはまってしまい、パリのギャラリー・ヴィヴィエンヌにある本店でサイズが合わないのにあれこれ買ってしまったり、と結構散在してしまいました。ただし、スタイリストを務めてくれたI君は「ヨージ君」と呼ばれるヨージ・ヤマモトしか着ないモード派で、他に親しくしていた学生もポール・スミス命の「ポール君」などスタイリッシュなファッションを着こなす若者ばかりでした。その対極にいたのがグッチやドルチェ&ガッバーナ(ドルガバ!)、シャネル(シャネラー!)といったいわゆるブランド物をこよなく愛する方々だったわけで、グッチなどその典型のようなもので、モード派からすれば気恥ずかしくなってしまう代物でした(失礼)。筆者にとって唯一の例外は、90年代後半に活躍したタレントの荒木定虎君(芦屋の不動産屋を継いで早々に引退)が着けていたヴェルサーチのブラスレが欲しくて欲しくて、パリに着くや否や、タクシーを走らせ、ヴェルサーチに出かけたくらいでしょうか。  そんな筆者ですのである種のグッチアレルギーがあり、しかも銀座がまったく似合わないのでさらなるプレッシャーの中、並木通りのグッチのレストラン入口にたどり着きました。緑、派手!そうだ、リストランテではない。オステリアだった。正式には「グッチ・オステリア・ダ・マッシモ・ボットゥーラ」と言うらしい。  リストランテはフランスのレストラン、銀座のグランメゾンでいえば、「レカン」、「ロオジエ」、「エスキス」などなど。イタリアンではいにしえの「サバッティーニ」や「エノテカ・ピンキオーリ」が思い浮かびます。  オステリアはフランスで言うとブラッスリーかなあ。トラットリアがビストロ。パリですとブラッスリーの多くはベルエポックを想起させるアールデコ調の艶やかな装飾で彩られていますから、そのゴージャスなグッチ版という感じでしょうか。いずれにせよ、グランメゾンの張りつめた緊張感はありません。客層も若いカップルや女性の小グループが目立ちます。そんな中、高価なスーツをお召しになられた髭の紳士と初老のルンペンの不釣り合いな二人組が登場とくれば、これはグッチ劇場幕間の余興の戯言かと言わんばかり。  さて、筆者たちを迎え出でたる黒服組の筆頭、W氏は見るからに両家のご子息といった趣でバーコーナーに収集された数百本のグラッパのコレクションが飾られていました。音大出身でイタリアに留学、その後は聞きそびれてしまいました。まあ、黒服組はグランメゾンのセルヴィスをこなし、一方、ファミレスの店員のいでたちをグッチ風にアレンジしたユニフォームのスタッフがキビキビと店内を闊歩しております。帰りには四階にあるホールから専用のエレべーターで一階入口扉のところまでファミレススタイルのご婦人が見送りに来てくださいました。至れり尽くせりでございます。しかし、入店の際は一階レセプションに黒服組が控えていたのですが、ラストオーダーは過ぎていましたのでレセプションはすでにもぬけの殻。ちょっとちぐはぐさを感じますがまあ、いいか。ファミレス組は細かい花柄の素敵なエプロンがよくお似合いで友人にそのことを話したら、マリメッコかと言われ、急いで調べたらフィンランドのメーカーで、こちらは大きな花柄でちょっと違っていましたが派手な感じは似ていなくもないか、と。  料理は七皿のコースのみでした。島田さんが15000円は高くはないと銀座価格?の現実を筆者に突きつけるので、貧乏大学講師にはやはり銀座は場違いと痛感した次第。しかし、ここからグッチがオステリアと名乗るのも納得できましょう。ライバルの同じ銀座のブルガリのレストランは「ブルガリ・イル・リストランテ・ルカ・ファンティン」とリストランテを名乗っています。こちらは七皿のコースが18500円でその上に九皿コース24500円が控えております。『ミシュラン東京』に掲載されている星付きのイタリアンでこうしたリュクス系というかブランドがらみの店はブルガリのリストランテしかありません。ですので、グッチはブルガリと差異化を図る必要があります。ポップな店構え、イノヴェーティヴなモダンイタリアンというコンセプトで若者も取り込んで人気店を狙っているだろう、と。  料理もラーメン風のパスタ、デセールにホタテ貝を用いるなどなかなか斬新に見えます。しかし、食べてみると分かるのですが実に食べやすく、食べ慣れた美味しいイタリアンからは逸脱していないのです。筆者は四半世紀前、ゴー=ミヨが絶賛したパリ九区、コンティチニ兄弟の営む「ターブル・ダンヴェール」に出かけたことがあります。ミシュランでは一つ星でしたが、新しいフランス料理を押すゴー=ミヨでは二つ星相当の評価を受けていたので出かけたのです。ところが、出てくる料理はどれも、奇抜過ぎて美味しいどころではありませんでした。不味いとも違う、不思議な味、味わったことのない味で困惑するばかり。  しかし、グッチの料理。見た目は斬新でも味は極めて王道なのです。しかし、これがブランドではないでしょうか。ファッションでも本当に斬新なのはモード系で、これは人が着るものなのかといったものまで創作してしまう。ブランドは新しく感じても身に着けて安心できる分かりやすさと保守性を維持しているからこそ、多くの人々に愛され続ける。これがファミレス組と黒服組が共存している理由でもありましょう。まさにグッチのオステリアはグッチというブランドを食として体現した「美食化」に他ならないのです。  ミシュラン一つ星相当の店とお見受けしました。興味ある方は是非一度、ご来店のほどを。島田さん、ご馳走様でした。 今月のお薦めワイン 「イタリアのボルドーワイン ボルゲリ」 「フェルチアイノ 2016年 DOCボルゲリロッソ ジョヴァンニ・キアッピーニ」 6000円(税抜)  イタリアワインはフランスワインとパラレルに考えると把握しやすいとすでに書かせていただきました。赤の二大産地はボルドーとトスカーナが似ており、ブルゴーニュとピエモンテが似ている、と。バローロ、バルバレスコはネッビオーロ単品種で造られており、揮発性が高くブルゴーニュグラスで供するのがセオリーです。では、トスカーナはどうかと申しますとサンジョヴェーゼ及びその亜種(ブルネロなど)で造られているのですが、なんとボルドーと同じ品種を植えて同じようなセパージュでワイン造りしている地域があります。そのワインの代表格が「サッシカイア」、「オルネライア」で、当初スーパー・トスカンと呼ばれ、IGT、フランスで言うヴァン・ド・ペイ(地ワイン)的な扱いだったのですが、1983年、「ボルゲリ」という産地呼称(DOC)を得ることになりました。さらに、1994年にはサッシカイアが単独で「ボルゲリ・サッシカイア」という産地呼称を名乗ることが出来るようになったのです。今回ご紹介します、キアッピーニのフェルチアイノのセパージュもカベルネ・ソーヴィニヨン50%、メルロ40%、サンジョヴェーゼ10%となっています。カベルネとメルロの割合からして、メドックのワインと同じセパージュとなっています。異なっているのは補助品種として、トスカーナ固有のサンジョヴェーゼが用いられていることです。  もちろん、同じ葡萄でも育つ場所で味わいは変わるものですから、タンニンがしっかりした濃厚なワインはボルドーよりややコッテリした感じかと思います。キアッピーニ家は1954年にマルケ州よりボルゲリに移住。オリーブと野菜農家だったようですが、1995年からワインを造りはじめ、2000年より本格的に販売するようになった新興の造り手。しかし、畑がオルネライアの隣という好立地で早々に高い評価を得るなど、このフェルチアイノも充分期待に応えてくれる逸品です。前回のシャトー・デュ・ブルイユと続けて飲んでいただければ、ボルドーとボルゲリの比較試飲をされたことになり、その違いを実感出来ます。どうか、お試しあれ。  ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第十一回「フレンチスタイルの珈琲店」

『美食通信』第十一回「フレンチスタイルの珈琲店」

 当初は「珈琲中毒」というタイトルで書こうと思っていたのですが、思わぬことに気付いてしまいました。筆者は物心ついた頃から珈琲好きで高校生の頃から珈琲専門店で珈琲を飲んでいました。といっても当時は近くの船橋駅地下のパール商店街にあった「コロラド」とか、サイフォンで日替わりストレート珈琲など出す南米系の名前のついた店に通うくらいでした。しかし、1980年に大学に入り、地元の千葉大だったものの、色気づいてファッションに興味を持ち、原宿に服を買いに出かけたりし始めたのです。後に「裏原」ブームで有名になりましたがすでに80年代初めにも裏原宿にはブランドショップがあり、筆者は「pool」というブランドの服がお気に入りでした。竹の子族出身のアイドルだった沖田浩之さんが着ていたブランドでまだ何点か保管しています。  折角、原宿、表参道に出てきたのですから。珈琲を飲んで帰ろうということに。当時、大坊珈琲店でしたか有名な専門店がありましたが敷居が高そうなので、骨董通りの裏手にある「レジュグルニエ」というお洒落な店に出かけました。当時すでにフランス料理を食べ歩き始めていましたので、フランス語のついた店に出かけない術はありません。根津美術館の方に歩いていきますと「カフェフィガロ」があったのですが、「レジュ」はそれとはまったく違った風情の店構えで、しかし、何故か「フレンチスタイル」を名乗っていました。その後、某フランス人ピアニストの私設ファンクラブを運営されていた千駄ヶ谷のお嬢様に原宿のラフォーレの裏にある「ヴォルール・ド・フルール」に連れて行っていただいたり、原宿駅から代々木の方へ向かいちょっと人通りが寂しくなったところにある「アンセーニュ・ダングル」も知り、いよいよ「フレンチスタイル」の珈琲店にハマっていきました。神保町にも「トロワバグ」、白水社の隣の「ヴォワシカフェ」。大学院を出て大学で教え始めた1990年代に入るとデートの待ち合わせは広尾の「アンセーニュ・ダングル」や新宿の「ジョルジュサンク」が定番だったのです。  そして、決定的だったのが通勤の乗り換え駅だった本八幡にある「蛍明舎(けいめいしゃ)」に日参するようになったことです。「蛍明舎」は「レジュ」で修業された画家でもある下田荘一郎氏が谷津遊園のアトリエだった建物で1982年に始められた「フレンチスタイルの珈琲店」で、本八幡は支店になります。ただし、当時、若くして亡くなられた弟さんが谷津のお店を任され、下田さんは八幡の店を切り盛りされていました。バイトは大学生で、筆者の当時勤めていた大学の印哲の大学院生もいたりして、彼らと店の終わった後飲みに行ったり、下田さんともワインをご一緒させていただいたりと楽しい時間を過ごさせていただきました。店に流れている50年代の女性ジャズヴォーカルにハマり、バイトの学生さんたちも同様で、皆で晩年のアニタ・オデイの来日ライブに出かけたりもしました。  今回あの「フレンチスタイル」とは何だったのか、確認したく思ったのです。というのも、1990年代に入ると一方で、いわゆるパリにあるカフェの支店などが出来、オープンテラスにエスプレッソ、食事もそれなりに出来るスタイルの「フレンチカフェ」が多々登場したからです。筆者が夜な夜な持参のワインを開けていた渋谷文化村の「カフェ・ドゥマゴ」、広尾や原宿にあった「カフェ・デ・プレ」、原宿、赤坂アークヒルズなどにあった「オー・バカナル」、サン=ジェルマン=デ=プレの「ドゥマゴ」の隣にある「カフェ・フロール」も短い期間でしたが表参道に支店があったのです。これらのカフェと明らかに「フレンチスタイルの珈琲店」は異なります。おそらく、この1970年代後半に登場した「フレンチスタイル」は日本独自のものであり、今も老舗として多くの店が人気を博しています。このスタイルをチェーン展開したのが「カフェ・ラ・ミル」で「ラ・ミル」も以前ほどの盛況はありませんがいまだ健在です。  そこでこの「フレンチスタイル」を検証するにあたり、ネットを検索したところ、なんと「蛍明舎」の下田さんの書かれた文章が最初にヒットしてしまいました。そこには四つの条件が書かれていました。 1.フレンチローストのオールド・ビーンズ(エイジング・ビーンズ) 2.ネルのハンドドリップとデキャンタ 3.磁器のデミタスサイズのコーヒーカップ 4.加えてフランスの田舎風のインテリア  筆者としては、これにフランス語の店名とBGMにジャズやクラシックなどを流すことを加えて欲しいところです。確かに「蛍明舎」はフランス語ではないので例外ですが、フランス料理屋でもないのにフランス語がつく飲食店は、90年代にドゥマゴなどが登場する前はこの「フレンチスタイルの珈琲店」が大半を占めていたのではないでしょうか。  上記の四か条についてコメントしますと、ストレート珈琲は主流ではなく、フレンチローストのブレンドがベース。ブレントには二種類あって、苦みの強いものとマイルドなもの。それぞれに特徴的な名前がついています。「レジュ」では「ニレ」と「レジュ」。「蛍明舎」では「ケア」と「ロア」といった具合に。ブレンドは一杯ずつ淹れるのではなく、一定の量をネルのハンドドリップで淹れ、適量を再加熱して供します。その際、多くの場合、カウンターの奥に陳列されているデミタスカップが用いられます。「蛍明舎」はジノリとコペンハーゲンが多く、筆者はコペンハーゲンが好きで、使われていたあるタイプのものを帝国ホテルのコペンハーゲンまで買いに出かけたことがあります。さすがコペンハーゲン、帝国にはなかったのですが全国で名古屋に一脚だけあって、取り寄せて下さいました。  そして、第四項目のフランスの田舎風インテリアというのは「レジュ」が典型でしょうか。普遍すれば、ヨーロッパの小さなサロンのような空間で、暖色の照明は落とされていて、家具や内装などに木の感触が強い。アンティームな感じの空間です。ジャズやクラシックがBGMとして使われているのは、先立つ時代、ジャズ喫茶やクラシック喫茶が流行した影響があるのではないでしょうか。つまり、昭和の喫茶店の進化系だった。そして、フランスには「カフェ文化」というものがあるとしたら、日本では「喫茶店文化」こそが文化の担い手であり、だからこそ、ドゥマゴなどの「カフェ文化」はあくまで外国のもののままで留まり、その後のスターバックスなどの興隆は機能性への特化、バリスタなどの流行は「珈琲文化」の浸透に過ぎないのではないでしょうか。  フランスの「カフェ」、イタリアの「バール」といった「場」の文化は、食を通して人と人とが出会い、全人的に関わり合っていくものです。その「場」は日本では「喫茶店」なのであり、「フレンチスタイルの珈琲店」は今も文化の担い手としてその任を果たしていると言って良いでしょう。 今月のお薦めワイン 「ボルドーワインの基点 オー=メドック」 「シャトー・デュ・ブルイユ 2015年 AOPオー=メドック」 3300円(税抜)  すでにボルドーワインに関しては、ブルゴーニュのポマールからの類推でサン=テミリオンのシャトー・オー=プランテを紹介させていただきました。オー=プランテはメルロ中心の右岸のワインです。しかし、誰もが思い浮かべるボルドーワインと言えば、シャトー・マルゴーやシャトー・ムートン=ロートシルトといった左岸のメドックのワインでしょう。こちらはカベルネ・ソーヴィニヨンを中心に造られているワインです。つまり、ボルドーワインは上記の二つのタイプに分かれること。また、どちらもブルゴーニュのようにピノ・ノワール単品種でワインが造られることは珍しく、複数の葡萄をブレンドしてワイン造りを行ないます。その比率は毎年の葡萄の出来によって微妙に異なりますのでまさにブレンドの妙を楽しむタイプのワインです。  そして、カベルネ・ソーヴィニヨンを主とする左岸のメドックワインを覚える際、その基準となるのがオー=メドックのワインです。オー=メドックのワインはどれも比較的ニュートラルに果実味を生かしたもので、マルゴーやポイヤックといった銘酒の出来るアペラシオンはこのオー=メドックの味わいの基礎の上にそれぞれの土地(テロワール)の個性が加わるとお考えいただければ良いでしょう。というのも、マルゴーやポイヤックも広域的にはオー=メドックに該当しますので。一方、ただのAOPメドックのワインはオー=メドックよりボディーが軽く味に独特のクセが出やすく、これはこれで面白いのですがニュートラルな感じがあまりしません。  今回ご紹介するシャトー・デュ・ブルイユはシサック村にあり、同村のシャトー・シサックを所有するヴィアラール家が1987年に購入したシャトーです。シサックがソーヴィニヨンの比率が高く飲み頃になるまでに時間がかかるのに対し、デュ・ブルイユはソーヴィニヨンとメルロがほぼ同じ比率ということで早くから楽しむことが出来ます。価格も手頃ですし、是非ボルドーの基準点をご確認いただければ幸いです。   ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第十回「羊羹好き」

『美食通信』第十回「羊羹好き」

 旅の土産に何をよく買われるでしょうか。もちろん、出かける場所の名物ですのでそれぞれ異なることと思います。国内と海外では全然違うでしょう。食べ物じゃないかもしれません。でも、例えば、台湾であればパイナップルケーキが定番の一つではないでしょうか。筆者は台北に出かけるとオークラプレステージ台北のパティスリーに必ず寄って、パイナップルケーキをお土産に買います。そう、スイーツはやはり旅の土産に最適ではないでしょうか。ただし、ある程度日持ちのするものでないと困ります。ですから、パイナップルケーキが選ばれるのでしょう。  さて、筆者は毎年、九月初めに二泊三日の旅行に出かけるのを常にしております。ですので、今年は当初、このコロナ禍もオリンピックの前には一段落しているのではないかと思い、昨年台北に行くことが出来ず、静岡に出かけましたので、今年はソウルに行きたいと思い、ホテルを早々に予約しておきました。ところがどうも雲行きが怪しいというか、好転するどころかどんどん悪くなる一方で、六月に入って早々にソウルを諦め、ホテルの予約を解約し、国内旅行に切り替えることにしました。では、何処に行こうかと考えた時、すぐ思いついたのが長野県の松本と諏訪にそれぞれ一泊する旅でした。  昨年の静岡は筆者の今は亡き両親の故郷、静岡市に出かけるのを目的としました。筆者は転勤族の父の仕事の関係で東京生まれ。一度も静岡に住んだことがありません。両親共に亡くなってから静岡を訪れることがなかったのでちょうどよい機会だ、と。また、レストラン格付け本『ゴ・エ・ミヨ』日本版で静岡市に「カワサキ」という優れたフレンチが開店したというではありませんか。これは行かずしてどうしましょう。  そして、今年は筆者が三歳から十歳までの七年間を過ごした上諏訪に出かけたいと思ったのです。住んだことはないが筆者のルーツである静岡。そして、幼年期を過ごした諏訪へと人生を振り返る旅を続けようと。また、「カワサキ」が掲載された『ディスカバー・ジャパン』誌(2021年5月号)に浅間温泉の旅館をリノベした「松本十帖」が掲載されており、ブックホテルの「松本本箱」に泊まり、そのメインダイニング「三六五+二」でコペンハーゲンの「noma」の影響を受けたクリストファ―・ホートン氏の監修する「信州ガストロノミー」を堪能したいと。もちろん、諏訪時代、両親と浅間温泉を訪れたことがあったものですから。  さて、静岡、諏訪と一見土地柄としてはかけ離れている場所に赴いたのですが、土産に買ってきたのは共に「羊羹」だったのです。筆者にとって、静岡の思い出の甘味と言えば、まずは母の実家の近く安倍川橋のたもとある元祖「安倍川もち」の石部屋(せきべや)です。祖父に連れられ、従弟たちと安倍川べりを散歩して、石部屋に寄って安倍川もちを食べて帰るのが慣わしでした。昨年訪れた際も佇まいは変わらず、土間に上がって食べる畳席もそのままでした。ただし、筆者は安倍川もちが苦手で(とりわけ、きな粉をまぶした方は口がパサパサになってむせてしまうので)、好物はもちを白玉状に軽くつぶし、ゆで汁の中に浮かべて供し、わさび醤油で食する「からみもち」。表面がやや溶けて、もちそのものの甘味がわさび醤油で引き立つのは絶品と言わざるを得ません。残念なことに土産用の安倍川もちでさえ賞味期限は当日中で、からみもちは持ち帰り出来ません。  では、何を土産に買うのかと言えば、「追分羊かん」です。旧東海道の清水と静岡の間に「追分」という地名があり、その街道沿いに今も古びた追分羊かんの本店があります。いつもは駅の売店などで買っていたのですが、最近は車で出かけ、街道沿いをさらに少し進んだ所にある「芳川」という料理屋で鰻を食するので行き帰りのどちらかに追分の本店に寄って買うことにしています。「芳川」も清水次郎長、西郷隆盛の訪れたことのある由緒ある店ですが、「追分羊かん」は一六九五年創業という大変な老舗。駿府に隠居した徳川慶喜、清水次郎長も好んだと言われ、清水出身の漫画家さくらももこさんの好物でもあった名物です。 竹の皮に包まれた弾力のある独特の食感の羊羹は、羊羹にうつった竹の皮の香りや味が実に美味で筆者も子供の頃から大好きでした。近年は真空パックになっているので日持ちも良く、家に帰ってから毎朝適宜切り分け一切れずつ食すると、羊羹と言えば、筆者にとっては追分羊羹のことなのだとひしひしと感じる次第です。  一方、今年の松本・諏訪への旅でも何故か土産は羊羹でした。それは下諏訪の諏訪大社下社秋宮の隣に店を構える「新鶴(しんつる)」の「塩羊羹」です。明治六年創業の新鶴は塩羊羹の元祖と言われています。餡を固めるのに用いるのは地元茅野産の天然寒天という諏訪の地ならではの銘菓。これも、諏訪に住んでいた頃、よく食していました。もう半世紀以上前になりますので、当時は洋菓子もまだ珍しく、児童文学者、大石真の『チョコレート戦争』(1965年)を買ってもらい読んだ筆者は洋菓子に多大な憧れを抱いていたくらいです。父が買って帰るそのような洋菓子のお土産と共に、ちょっと贅沢なお土産だったのがこの塩羊羹でした。不思議だったのは羊羹というのに色が灰色がかっていること。そして、その名の通り、甘さの中に漂う絶妙な塩味でした。寒天を用いているので食感は追分羊かんとは対照的にしっかりとしていて噛み応えのある重量級。しかし、味は軽やかで甘味が抑えられているので案外たくさん食べられてしまうのです。色が小豆色ではないのはあく抜きのため小豆の表皮を全部取り去って用いているからだそう。  生まれて初めて「新鶴」本店に出かけました。ここもまた鄙びた店構えで神社の脇ということもあり、何とも風情がありました。コロナ禍で人もまばらで快適でした。こちらは夏ですと五日くらいの日持ちです。これは帰宅の翌日から毎朝一切れ、五日で食べ切りました。  筆者の人生にとって意外にも「羊羹」は重要な美食であり、「羊羹好き」だったのかと実感した次第です。   今月のお薦めワイン 「辛口白ワインの代名詞 シャブリ」 「シャブリ テロワール・ド・ベル 2017年 シャトー・ド・ベル」 5500円(税抜)  「シャブリ」という名はもしかすると辛口白ワインの代名詞かもしれません。「生牡蠣にシャブリ」。酸がしっかりしているので殺菌にもなるなどと言われたものです。実は、「キンメリジャン」という牡蠣など貝類の化石からなる石灰質の土壌からシャブリは産まれますので余計に牡蠣が連想されるのでしょう。ところでシャブリはシャルドネから造られます。そう、シャブリはブルゴーニュワインなのですが、その場所はブルゴーニュの心臓、「コート・ドール」でもなければ、デジョンからリヨンにかけてのいわゆるブルゴーニュ地方にもありません。北西にある飛び地のヨンヌ県に存在し、「葡萄の孤島」と呼ばれることもあるようです。石灰質の土壌はミネラル分に富み、ですので酸が際立つのは酸に金属的なニュアンスが加わるからと考えるとよいでしょう。また、キンメリジャンではない土壌から造られる「プティ・シャブリ」という若飲みのよりフルーティーな手頃な価格のワインもあります。シャブリ自体もグランクリュまでピンからキリまでといった感じ。発酵はステンレスタンクかガラスコーティングのセメントタンクで行われ、熟成に樽が用いられます。高級なものほど樽のかかった感じに仕上がります。ですので、酸の効いた果実味+ミネラル感がベースで樽がけが+αという味わいです。  今回ご紹介するシャトー・ド・ベルはシャブリの東に位置する人口六十名ほどのベル村の当主一族が造るワイナリーです。その歴史は四百年を超えるということですが、現在のスタイルは2005年にシャトーを受け継いだアテネ女史によるビオロジックな自然派のワインとなっています。2017年ヴィンテージは酸、ミネラル、樽感が絶妙なハーモニーを醸し出し、シャブリにしては柔らかな仕上がりになっています。一部にしか出回っていないものですので、この機会に是非。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第九回「昼ワインのすすめ」

『美食通信』第九回「昼ワインのすすめ」

『美食通信』第九回 「昼ワインのすすめ」  東京は緊急事態宣言下にありながら五輪に浮かれ、感染拡大は五輪終了後にも収まらず、果たしてどこがピークなのかもわからない状況。酒類の提供は禁止され、時短営業はいつまで続くことやら。しかし、五輪が始まる前の一時、開催を正当化するためなのか知りませんが、規制が若干緩和されました。時短営業は変わりませんが、人数・時間を限って酒を出してよいとか。外は、例年増す暑さ本番といったところ。そんな時は、涼しい店で眩しい日差しを眺めつつ、昼ワインなどしたくなるものです。コロナでなければ正々堂々飲めるのですが、別に規則違反でないのに何となく後ろめたいような気持ちになるのが残念。  筆者の住む街は「まん防」の対象区域で、二人までで九十分以内なら酒の提供は可能でしたので、待ってましたとばかり、近くに住む高校の同級生のH氏と隣駅前にあるイタリアン「di Formaggio KURA6330 」へ。船橋にある牧場の経営するイタリアンで、自家製チーズ、地産地消の野菜を使った料理がなかなかの美味。ランチはコースが基本ですが、ワインを飲むのでアラカルトでよいかと尋ねたら、快く了承して下さった。有難い。「昼ワイン」のポイントはがっつり食べるのではなく、あくまでワインを楽しむことが目的。そこで、アンティパストの盛り合わせと自家製チーズを頼んで、ワインに興じることに。もちろん、最後のドルチェは忘れずに。  さて、ワインは何にしようか。筆者は基本、赤ワインしか飲みませんので、昼といえば、重すぎず、かといって、イタリアワインの特徴の酸が目立つのも厳しいか、と。日本ワインもありましたが、やはり店で飲むと一万円超えで気軽ではなくなってしまいます。そこで面白いものを見つけました。ピエモンテの赤ワインなのですが、ネッビオーロでもなければ、ドルチェット、バルベーラでもない。ブラケットというブドウ品種のワイン、「アックイ」というDOCG(産地呼称)を名乗っています。通常、アックイのブラケットは「ブラケット・ダックイ」というDOCGで発泡性のワインが造られています。前回、伊香保で登場した「ランブルスコ」のようなワインです。ところが一か所のワイナリーだけ、通常の赤ワイン(スティルワイン)をダックイで造っているそうです。「ソシエタ・アグリコーラ・ボット」という造り手です。店で飲んで6000円ほどでした。  ブラケットは色が薄く、イチゴの香り、酸は柔らかでフルーティーなワイン。ブルゴーニュをアバウトにしたような感じ、「ブルゴーニュもどき」と勝手に呼ばせていただいております。実はピエモンテには他にも「ペラヴェルガ」というローカルなブドウ品種があり、これも「ブルゴーニュもどき」のようなワインが造られています。こちらはDOC「コッリーネ・サルッツェージ」のエミディオ・マエロによるワインをアヴィコさんで購入することが出来ます。イタリアの赤ワインはネッロ・ダヴォーラやプリミティーヴォといった南のブドウの濃厚な果実味か、キャンティのようなはっきりした酸のどちらかに思われがちですが、ピエモンテはバローロ、バルバレスコが造られるネッビオーロに始まり、ブルゴーニュに比肩するユニークなワインが多々存在します。マイナーなブドウ品種を押さえておくのがコツと言えましょう。値段は手頃なものばかりですので。  「昼ワイン」はのどかな郊外の住宅地のみでなく、都市のど真ん中で行なうのも乙というもの。筆者はソウルや台北で「昼ワイン」するのが好きです。フレンチでも日本に比べディナーのボリューミーさは相当なものなので、昼にワインはしっかり飲むものの、食事は控えめにしておく必要があります。特にソウルは。印象に残っているのは、2014年にソウルに出かけた際、「アスリーヌ」での昼ワインです。アスリーヌはパリにあるグラフィック本など高級書籍出版社で、江南にカフェ付きの支店を出していました。ソウルは江南のお洒落なカフェに行けば、何処もワインリストを用意しているくらいワインが普及しているのですが、フランスワインとなるとまだ心もとない店が多く、アスリーヌなら大丈夫だろうと出かけた次第です。カフェに入り、ワインリストを所望しました。テーブルには手頃なイタリアワインの紹介のポップが。すると、ボルドーはサン=テステフの第四級、シャトー・ラフォン=ロシェの2007年が載っているではありませんか。もちろん、昼飲むにはお高いのですが、もうこれしかない、と。注文すると店の人がこれでよろしいのですか、と再確認するほど。いいんです。ここはパリの書店のカフェなのですから。  といいつつ、食べ物はラザニアと野菜がないのでシーザーサラダを二人でシェア。案の定、韓国サイズ?で、最初に出てきたサラダが二人でも食べきれないくらいボリューミーで、これで一人分?と疑うくらい。ワインが主役なのでサラダは合わないなあ、と思いつつ、ラフォン=ロシェを飲むも、これが実に美味しい。自分の中でラフォン=ロシェは美味しくないワインの一つでしたので、代変わりしてスタイルも変わったのね、と。以前はギスギスしたタンニンが喉に絡みついたのですが、今やスムースで果実味もしっかり感じられるではありませんか。そうする内に、お出ましのラザニアも同様に食べきれないサイズ。ワインには合いましたが。まあ、つまみみたいなものですので残すことは気にせずに。  そして、ここからが韓国風サーヴィス。何となく、食べる手が止まりだした頃、フルーツの盛り合わせがこれもビッグサイズで登場。もちろん、頼んでいません。お店からのサーヴィスです、と。これはそれまでも何度か体験したことがありました。昼時にカフェに出かけ、ボトルでそれなりのワインを頼むと何かサーヴィスで出てくるのです。多くはフルーツの盛り合わせ。「アスリーヌよ、おまえもか」。そう、確かにここはソウルなのですから。  「昼ワイン」には思いがけない喜びもあるものです。是非、お試しあれ。   今月のお薦めワイン 「イタリアワインの最高峰 バルバレスコ」 「バルバレスコ リゼルヴァ 2013年 マイネルド」6900円(税抜)  ジビエに合うフランスワインとしてブルゴーニュの「ポマール」をご紹介し、イタリアにもそれに匹敵するワインがあるということで、ピエモンテの「ゲンメ」をご紹介しました。ポイントはピノ・ノワールに比肩するネッビーロという葡萄品種でした。ただし、ポマールがコート・ドールでも白に銘酒の多いボーヌ産という変化球であり、王道はニュイのワイン、そこで「モレ=サン=ドニ」を前回紹介させていただきました。ということで今回は、ネッビオーロの王道「バローロ、バルバレスコ」から「バルバレスコ」を紹介させていただきます。「ゲンメ」がピエモンテ北部であるのに対し、両者は南部のアルバ地区で造られています。「バローロ」が「ワインの王であり、王のワイン」と呼ばれるのに対し、法定熟成期間がやや短く、ダイナミックな力強さこそバローロに及ばないものの、バルバレスコは繊細さとバランスという点で優れていると言われています。バローロがブルゴーニュにおける「ヴォーヌ・ロマネ」であれば、バルバレスコは「ジュヴレ=シャンベルタン」に相当すると言えましょう。 今回ご紹介するバルバレスコは「リゼルヴァ」と熟成期間の長いワンランクの上のもの。法が定めるには樽と瓶で四年以上熟成させるのですが(バローロは五年以上)、今回の造り手、1920年設立のマイネルドは樽で五年熟成させ、さらに瓶熟させています。また、自然酵母、樫の大樽を用いるなど伝統的な醸造方法で格調高いワインを造る優れた生産者です。まだまだ寝かせることも可能ですが、熱い夏を乗り切るのにさっぱり、あるいはシンプルに美味しいお肉を食される時などにピッタリだと思われます。是非、お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第八回「伊香保の夜はふけて」

『美食通信』第八回「伊香保の夜はふけて」

『美食通信』第八回「伊香保の夜はふけて」  リゾートが苦手。温泉も然り。そんな筆者が例外的に年に一度、伊香保温泉に足を運んではや十年近く。来年で十回目だったのが、昨年コロナで中止になり、今年はどうなるか、と。宿は「ホテル木暮」。実は若女将夫妻が筆者のワイン仲間で、「ワイン合宿」と称して始めたのがきっかけ。S弁護士事務所でのワイン会の際、酔った勢いで誰かが泊りがけでワインを飲もうと言い出し、その場で伊香保に電話することに。故三笠宮殿下のお泊りになられた貴賓室が最上階にあると聞き、貴賓室じゃないと行かないと駄々をこね、なんとか阻止しようと試みるもあっさり要求が通り、実現に至る。幹事はS弁護士。その貴賓室も昨年、全面改装し、行くのを楽しみにしてたのですが中止に。今年は土日だけ営業するので是非お越し下さいとの若女将の鶴の一声で出かけることに。  とはいえ、時期が時期でメンバーも大人というか、重症化しかねない年齢に近づいていますので辞退される方も。かく言う筆者は最年長で持病持ちですので他人ごとではないのですが、ここは副幹事で気配りの社労士、Wさんがプラズマクラスター空気清浄機を二台搭載された自家用車で拙宅まで送迎して下さったり、例年なら若女将夫妻が泊まられる貴賓室隣の特別室も我々が寝室として使わせていただくなど万全の感染対策で安心して出かけることが出来ました。また、この『美食通信』の主宰、The Clockroomの島田さん、歌舞伎町を代表する実業家、手塚マキさんも参加下さり、人数的には若女将夫妻を含め、全八名と一本のワインをテイスティングするにはちょうど良い人数となりました。結果、メンバーが若返ったせいもあってか、八名で十五本のワインをテイスティングすることに。近年、酒量が減っていたこの会で嬉しい誤算でした。  この会のワインの供し方は三段階。まず、ウエルカムドリンクあるいはアペリティフ(食前酒)に相当するもの。食事が18時からですので、皆さん、その前にチェックインして、大浴場を堪能されます。もちろん、筆者は一度も大浴場に行ったことはなく、部屋でのんびりテレビを観るか読書。改装前、貴賓室には部屋の真ん中にジャグジーがあったのですが筆者以外どなたも入られたことがなく、筆者の独占状態でした。皆さんが床に就かれ、最後に一人残った筆者は七色に光るジャグジーに入って寝るのが常でした。ともかくも大浴場から帰られたところで、お決まりのランブルスコを開けます。銘柄も決まっていて、サッカーの中田英寿氏がプロデュースした唇のマークが印象的なエチケットの「ヴァーチョ」(キスの意)。パルマのあるエミーリア=ロマーニャ州のワインです。色が濃く、葡萄の果実味いっぱいの微発砲。アルコールは弱めで「ヴァーチョ」は11%で高い方。一ケタのものもあります。まさに入浴後の「ヴァン・ド・ソワフ(渇きを癒すワイン)」の役割。ちなみに、インポーターはこの「美食通信」のワインコーナーでお世話になっているABICO(アビコ)さんです。御贔屓に。  次に食事の際に当然ワインを出します。グループごとの個室での会食で、若女将夫妻も一緒に食事され、この後の部屋に戻ってのワイン会の前哨戦といったところ。部屋では基本、ヴィンテージ物の赤が主役に。温泉旅館のご馳走ですから、食材、調理法、味付けなども多岐にわたります。ですので、それ以外の若めの赤、白、シャンパーニュなど他のすべての種類のワインを食事の際に供します。食事に合う気軽なものが相応しいのですが、毎回例外として、シャンパーニュ好きの若女将夫妻から乾杯用に高級シャンパーニュが。今年はテタンジェのコント・ド・シャンパーニュのロゼ2007年と垂涎の逸品。いつもありがとうございます。ここまでで八本、空きました。  さて、この後部屋に戻ってのワイン会こそ、この集まりのメインイベント。だいたい恒例としてボルドーのヴィンテージ物を持ち寄って開けることに。今年はメインが第一級のムートン=ロートシルト(ポイヤック)2000年でしたので、この前後のヴィンテージのものを。筆者がブルゴーニュのオスピス・ド・ボーヌのポマール2003年、他に第三級のカロン=セギュール(サン=テステフ)2000年、同じ三級のパルメ(マルゴー)1993年をまず、テイスティングしました。ポマールはブルゴーニュの中でもタンニンのしっかりした濃厚な味わいのものですのでボルドーに負けない存在感がありました。2000年は大変良い年でしたので、ムートンは見事な出来でまだまだ長持ちしそうです。開けてすぐはギスギスして厳しいものがありましたが、時間と共に柔らかくなりまた味わいも深みとバランスが取れてきました。それに対して、カロン=セギュールは開けた途端に香りがはっきり感じられ、飲み頃だとすぐわかりました。実際、最後まで、ややくすんだ重みのあるサン=テステフらしい複雑な美味しさが変化しつつ持続していました。パルメはマルゴーでもエレガントなタイプのワインですので、93年という平均的なヴィンテージでは30年近く経つのですでにやや峠を越え、熟成感を楽しむものであり、後半やや酸が目立つようになっていました。  さらに比較のため、若いヴィンテージのグランヴァンを開けてみました。2016年のペロ=ミノのジュヴレ=シャンベルタン、2011年の第二級ピション=ラランド(ポイヤック)、そして2014年のクラランス・ド・オー=ブリヨン(第一級オー=ブリヨンのセカンド)の三本でした。ジュヴレはまだ若く、熟成感ではなく果実味を楽しむものでした。ピションはちょうど最初の飲み頃を迎えているようで、果実味とタンニンのバランスも良く、元々エレガントなタイプのポイヤックですのでしなやかな美味しさを感じました。クラランスはこれも上手に造られていて立派なものでした。ただ、やや化粧が強く、わざとらしさを感じました。それはアルコール度数が14.5%とボルドーにしては高すぎる点に明白です。グラーヴとはいえ、メドックのワインですのでいくらメルロの比率が高くとももう少しタイトでタンニックなものを期待したいと思いました。  このようにそれぞれのワインを比較しながら飲み比べていくと楽しみつつも多くのことを学ぶことが出来ます。気が付くと、最初のランブルスコから八名で十五本のワインが空いていた次第です。各自自分のペースで床に就いてゆき、今年もまた最後一人残った筆者は改装によって新しく設置された部屋の展望風呂に入って就寝しました。サウナも部屋に新設されたのですがそちらは12時までだそうで、もうとっくに終わってしまっていたので入らず仕舞いでした。まあ、二十四時間OKでも筆者は入らないと思いますが。皆さん、楽しんでいただけたようで良かったです。来年は十周年ですので、きっと今年以上の素晴らしいワインが並ぶことでしょう。島田さん、これに懲りずに来年もどうかよろしくお願いします。   今月のお薦めワイン  「ニュイの目立たぬ実力派、モレ=サン=ドニ」 「モレ=サン=ドニ 2013年 ドメーヌ・ジャヴェ」 6800円(税抜) 第二回のワインでジビエに合うブルゴーニュということでポマールを紹介させていただきました。今回はそのヴァリエーション、というかブルゴーニュの赤の本筋はこちらということでニュイのワインを紹介させていただきます。ブルゴーニュは、北は飛び地のシャブリから南はボジョレまで南北に長い地方ですが、その中でコート・ドール(黄金の丘)と呼ばれる地域がブルゴーニュ最高のワイン産地。そのコート・ドールは北半分がニュイで赤主体、南半分がボーヌで白主体となっています。前回のポマールはボーヌでヴォルネと並ぶ赤の名産地なのですがある種の変化球。ストレートはニュイの赤となります。その中で有名なのはもちろん、ロマネ=コンティを産する「ヴォーヌ・ロマネ」。ナポレオンが愛したシャンベルタンを産する「ジュヴレ・シャンベルタン」。そして、文字通り、ニュイの語源、「ニュイ=サン=ジョルジュ」でしょう。しかし、その陰に隠れて実は偉大なワイン畑を有するのが「モレ=サン=ドニ」です。ニュイ=サン=ジョルジュにはグランクリュ畑はありません。それに対し、モレ=サン=ドニにはモノポールの「クロ・ド・タール」をはじめ五つものグランクリュ畑があるのです。村名ワインは果実味とタンニンのバランスが良く、ピノ・ノワールのストレートな美味しさを感じることが出来るかと思います。筆者の基本はデュジャックの安い方(ネゴシアン物)ですが、今回はモレ=サン=ドニに拠点を置く、マリー・テレーズ・ジャヴェをご紹介しましょう。グランクリュの「クロ・デ・ランブレ」の北側にモノポールの「クロ・ド・ラ・ビドード」を所有するドメーヌ。ビオロジックを実践し、丁寧な造りで、2013年は飲み頃か、と。日本ではあまり出回っていない造り手ですので貴重な一品です。まずは村名ワインからお試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『美食通信』第七回『メゾン・ド・ヒミコ』への旅

『美食通信』第七回『メゾン・ド・ヒミコ』への旅

『美食通信』第七回『メゾン・ド・ヒミコ』への旅   昨年九月、久しぶりに亡き両親の実家のある静岡市に出かけました。父が銀行員でしたので、入行は静岡支店だったものの、筆者が生まれたのは東京。その後、諏訪、神戸と転勤し、筆者の高校入学のことを考え、東京に戻って、社宅のあった船橋の近くに家を建てた次第。典型的パラサイトシングルの筆者はその家から離れることなく、両親亡き後も住み続けているのです。筆者にとって、静岡は住んだことのない故郷という不思議な土地で、人生も終焉が近づいて来ましたので、何かと訪れたく思うようになりました。昨年は祖父と散歩帰りにいつも立ち寄った安倍川もちの元祖「石部屋(せきべや)」で好物の「からみもち」を食し、全国誌でも取り上げられている評判のフレンチ「カワサキ」に出かけました。  そんな筆者には静岡に積年の訪れたい場所があったのです。それは、2005年に公開された犬童一心監督の映画『メゾン・ド・ヒミコ』の舞台となった建物でした。映画では三浦半島の某所にある海辺のラブホテルを改装したゲイの老人ホームという設定でした。しかし実際は、御前崎市にある「カフェ・ウエルカムティ」というカフェでその後、カフェは閉店。売りに出されるも買い手がつかず、建物のそのままらしいとのこと。  この映画、主演はオダギリ・ジョー。この時期、同じ年に鈴木清順監督の『オペレッタ狸御殿』でカンヌ映画祭に招かれるなど、八面六臂の活躍ぶり。翌年には筆者が最高のテレビドラマと考える『時効警察』が放映されることになります。『仮面ライダークウガ』の時はピンときませんでしたが、その直後に放映された『OLヴィジュアル系』(2001年)で金髪の御曹司の役で登場したのを見て、これはすごい俳優が出てきたと。早速、「美男論」の講義でも取り上げ、予想通り、大ブレイクした次第です。現在も変わらぬ美男ぶりで、筆者にとって「美男」を語る際、欠かすこと出来ない人物です。  ところが、2005年のはじめ、筆者は生死の境を彷徨う大病を患いました。生まれて初めての入院は二か月に及び、面会謝絶になった時期もあり、ずっと個室で過ごしました。何とか九死に一生を得て現在に至っていますが、定期的に通院治療を続けています。『メゾン・ド・ヒミコ』はオダギリ・ジョー演じる春彦の年上の恋人ヒミコ(田中泯)の死とヒミコの娘、沙織(柴咲コウ)との新たな愛をゲイの老人ホームを舞台に描いた作品で、筆者は入院中、自分もここで死に、この映画を観ることは出来ないのではないかという思いにかられ、退院後も予後が芳しくなく、五年生きられれば良い方だろうと思っていましたので、いざ公開となった時にも、映画館に出かける元気がなく逡巡していました。そんな折、研究者仲間の一人が業界の方を通じて、配給会社の試写室での試写会の招待券を下さったのです。人数の少ない場所での鑑賞はありがたかった。オダギリ・ジョーが素敵だったのはもちろんでしたが、何より「メゾン・ド・ヒミコ」の建物とその周辺の風景が美しく、心打たれました。どうしても一度、その場所を訪れてみたい。そう思いながら、気づくと十五年も過ぎてしまっていたのです。  そして、この五月、再び「カワサキ」に出かけることになり、今度こそはと御前崎まで足を伸ばすことにしました。車を出してくれる友人がいて、何処でも連れて行ってくれると言ってくれたので。あいにくの雨模様でしたが、静岡市から意外に近く、高速を使えば一時間ほどで着くことが出来ました。田舎の国道を途中で左折し、農道を突当りまで行くと海沿いの道に出ました。それを灯台に向かって進んでいくと「カフェ・ウエルカムティ」はその姿を今も残していたのです。人の住んでいる気配はないものの、表札が出ていましたのでどなたかが購入され、建物を残されているのではないか、と。本当にすぐ目の前が海で、しかも、外海ですので、風と波の音が響き渡っていました。こんなにも簡単に十五年の思いが遂げられてしまうものかと、いや、この十五年には意味があり、ここで来なければきっと一生この光景を見ることはないだろうと。そして、今度は晴れた日にまた来ようと誓ったのでした。  さらに先の病で十五年、会うことのなかった人物にお目にかかることが出来たのです。2002年に大江戸線が開通したばかりの牛込柳町に「ル・デッサン」というフレンチが開店しました。シェフご夫妻の人柄の良さと、美味しい料理で評判の店となり、筆者も通うようになりました。そして、2004年11月、筆者のバースデーのお祝いを「ル・デッサン」で行わせていただいたのです。ところがその直後、病に倒れ、その後も外出を極力控えないといけない状態が続きましたので、疎遠になってしまったのです。そして、気づくと店を畳まれて、ご実家のある島田市に戻られたとのこと。ところが、「カワサキ」の河崎シェフが〆に出されるラーメンが「ル・デッサン」直伝と聞き、まさか増田シェフの「ル・デッサン」ですかと尋ねると、島田で行列のできる人気のラーメン店とのこと。昨年は行きそびれてしまいましたので、今回こそはと島田市民皆さまの日課の「朝ラー」で行かせていただきました。何せ、7時開店、13時半閉店の店とのことでしたので。  十五年ぶりに増田シェフご夫妻の姿を目にしたとき、思わず涙が出そうになりました。オダギリ・ジョーではありませんが、変わっていないのです。店こそラーメン店になっているものの、牛込柳町のときと同じ空気が感じられました。何故か自分だけが年老いて、映画のヒミコに向かって一直線。  静岡から戻ると、大学からカリキュラム改正のため、次年度より「美男論」の授業は廃止になるとの通知が。思えば、1994年から二十七年間もよく続けてこられたなあ、と。「嵐」も活動休止となり、ここらが潮時なのかもしれません。  残された時間、筆者に課されたのはこの『美食通信』も含め、「書くこと」ではないかと確信した次第です。いにしえの拙論で、若くしてエイズで亡くなったフランスの作家、エルヴェ・ギベールの「僕にとっては書くことが生きることなのだ」を引用して、「書き続けること。その結末がどうであっても。書くことが死に絡めとられるのではなく、死を絡めとってしまうまでに」と結論付けたように(「死の量化作業」、初出1993年。拙著『美男論序説』、1996年所収)。 今月のお薦めワイン  「イタリアのシャンパーニュ、フランチャコルタ」 「フランチャコルタ ブリュト クリュ ペルデュ NV  カステッロ・ボノミ」 6500円(税抜)  お薦めワインは6回でワンクールを想定しています。ツークール目はその応用編ということで今回からツークール目。その初回ということはシャンパーニュの応用で、イタリアのフランチャコルタを紹介させていただきます。イタリアで広く飲まれているスプマンテ(スパークリング)は、ヴェネト州の「プロセッコ」、ピエモンテ州の「アスティ」あたりでしょうか。しかし、イタリアにはシャンパーニュとそっくり同じ造りのスプマンテがあります。それがロンバルディア州の「フランチャコルタ」です。ロンバルディアと言われてもピンとこないかもしれませんが、州都がミラノだと言われれば親近感が出てくるのでは。 シャンパーニュとそっくり同じというのは、製法が瓶熟のシャンパーニュ方式というだけではなく、セパージュもピノ・ネロ(ピノ・ノワール)、シャルドネ、ピノ・ビアンコ(ピノ・ブラン)とピノ・ムニエとピノ・ブランが違うくらいであとは同じ。今日、ご紹介するボノミのクリュ・ペルデュはシャルドネ70%、ピノ・ネロ30%ですので、シャンパーニュでもあり得るセパージュ。ちなみに、造りがシャンパーニュ方式でリーズナブルなスペインの「カヴァ」は葡萄がマカベオやチャレロといったスペインの品種。ですので、フランチャコルタを飲めば、シャンパーニュとの純粋にテロワールの違いを楽しめるというわけ。また、イタリア料理店に行かれた際、フランチャコルタを頼まれれば、ワインに詳しいと思われるに違いありません。ボノミはフランチャコルタ唯一のシャトーワイナリーで、最低でも規定の倍以上(36か月)の瓶熟を行なうことでリッチなフランチャコルタを生産しています。この「クリュ・ペルデュ」はボノミの顔ともいえる人気のキュヴェ。シャンパーニュとの違いをご堪能あれ! ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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