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JOURNAL

『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第21回

『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第21回

何気なく手にした平岩弓枝著「御宿かわせみ」シリーズを読んだ。 幕末の江戸を中心に繰り広げられる人間模様を描いた「御宿かわせみ」 江戸から東京に変わった明治初期に生きる若い世代を描いた「新 御宿かわせみ」 双方ともに旅籠かわせみを中心に物語が進行していく時代小説シリーズ。 かつて、テレビドラマ化されるなど、あまりにも有名過ぎて避けていたこの本。 最近また明治座で舞台公演されるなど広く長く愛されている、1973年から続く作品。 とても面白く読み耽った。 東京に長らく暮らし、特に中央区を中心に生活している身としては、 細部に渡る町の描写、今でも残る地名が随所に現れる情景を興味深く読んだ。   八丁堀の同心、三十三間掘の舟宿、隅田川沿いの外国人居留地、永代橋などなど。 改めて、東京という街は水にゆかりのある街なのだろう、と思う。 今は高速道路になっている旧築地川は日本橋の河岸の重要な交通手段だったし、 その川沿いに広がる、それぞれの暮らしが地名に表されている。 安全祈願の水天宮、その名の通りの蛎殻町、小網町、浜町。   とにかく今更ながら面白い本に巡り会うことが出来た。 特にこの歳になると、知識も増えて何だかしみじみ読み込める。   この本に出会って以来、散歩をすることが更に増えた。 地名を知っているからこそ、その本の描写を辿ってみたりしている。 もちろん時間と体力と気力の許す限りではあるものの…。   時は金なり、とも言うが、瞬く間に過ぎていく交通手段に頼ることなく、 歩く自分の速さで街を見たり感じる良い時間だと改めて強く思う。   その装いにしてもだいぶ考えが変わってきた。 勝鬨橋を背に晴海通りを縦に見る。 その昔は掘だったり川だったりした水路、今は幹線道路となっている、 新大橋通りまでの装い、昭和通りまでの装い、中央通、外堀通、日比谷通。...

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『美食通信』第二十回「歌舞伎町の夜は更けて―ホストクラブそして韓国料理―」

『美食通信』第二十回「歌舞伎町の夜は更けて―ホストクラブそして韓国料理―」

 繁華街が苦手。銀座、六本木、とりわけ歌舞伎町などと言ったら、何か闇の世界に引き込まれてしまいそうでまず一人では立ち入りません。筆者の贔屓にしているレストランをお考え下さい。いにしえの代官山のはずれの「ヴィスコンティ」に始まり、元代々木町の「シャントレル」、神泉の「ビストロ・パルタジェ」、大阪は谷町四丁目の「コション・ローズ」に北浜の「マキュア(旧ユニック)」と皆、喧騒から離れた隠れ家的な立地にあります。  思えば、初めてパリに出かけた際、何の土地勘もなく便利だろうと思って借りたレジデンスがシャンゼリゼ通りを北に一本入ったポンチュー通りだったのです。そこはリドなどのある歓楽街で古い建物をリノベした部屋は夜中もその賑わいの音が聞こえ続け、カーテンの隙間からはネオンの色とりどりの光が差し込むというそれは苦痛の日々でした。夜中、頻繁に鳴り響く救急車の音。当時、パリは銃はないと言われていましたが不安でまともに眠れなかったのをよく覚えています。これに懲りて、翌年からは左岸のサン=ジェルマン=デ=プレ裏、ジャコブ通りの「ラ・ヴィラ」に泊まることにしたくらいです。  しかも、今回歌舞伎町に出かけたのはホストクラブに伺うというなかなかヘビーなミッション。本『美食通信』主宰の島田さんが是非ホストクラブのスーツ事情をリサーチされたいとのことで同行させていただいた次第です。筆者、2018年に編著『イケメンホストを読み解く6つのキーワード』(鹿砦社新書)を出版したのが縁で、歌舞伎町を中心にホストクラブをはじめ多くの事業を展開しておられるスマッパグループ会長の手塚マキ氏と懇意にさせていただいております。また、毎年六月恒例の伊香保のワイン会に昨年から手塚さん、島田さんにも参加していただいています。で、先日の伊香保で最後まで起きていたのが筆者も含む三名でホストにおけるスーツの話になった訳です。  今年九周年を迎えた現在唯一のホスト月刊誌『ワイプラス』は当初、私服のホストを「ネオホス」、スーツのホストを「バトラー」と命名して対照的なスタイルを軸に展開していました。それがいつしか、スーツ系は消え、私服のスタイルがBTS系の「新宿男子」と黒系でちょっとダークな雰囲気の「裏宿」スタイルの二極に至っています。それでもスーツ着用のホストクラブは少数派とはいえ健在で、スマッパグループ七店舗のホストクラブのうち、全員がスーツを着用しているのは一店舗。その「スマッパ!ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン」に伺うことになったのです。  スマッパグループではホスト文化に気軽に触れていただけるよういくつかの「ツアー」が用意されています。その一つに「ワインツアー」があり、それを利用させていただきました。定額で所要時間は二時間ほど。都合がつけば、二店舗回ることもできるようです。初めて出かけられた島田さん、伊香保のメンバーでフードコーディネーターのタカハシユキさん、東京ウォーカー編集長を務められた加藤玲奈さんは楽しんでおられたようですが、以前按田餃子の按田優子さんたちと同じツアーを利用したことのある筆者は何回出かけてもどうも馴染めません。手塚会長が島田さんのところで作られたスーツを着てわざわざ挨拶に来て下さったので、筆者は手塚さんと話してばかりでした。  というのも、男性が客としてホストクラブに出かけるのに筆者はためらいがあるのです。やはり、女性客のための社交の場ですのでホストも男性客は扱いづらいと思うからです。では、筆者はホストの何に魅かれるのか。それはまず、個人的にはそのイケメンぶりとファッションです。しかし、セクシュアリティ研究者として興味があるのはその「ホモソーシャル的集団」に他なりません。例えば、キャバクラや銀座の高級クラブでもいい、ホステスさんのいるお店。従業員全員が女性だけの店ってありますでしょうか。支配人、ボーイ、いわゆる「内勤」に男性が必ずいるはずです。華やかなホステスさんを支える寡黙で頼りになる男性陣の存在は必須です。ところがホストクラブの従業員は裏方も含め全員男性。こうした男性だけの集団を「ホモソーシャル」と申します。「ホモソーシャル」と「ホモセクシュアル」との微妙な関係性はジェンダー研究の重要なテーマの一つ。若くして亡くなった女性研究者セジウィックの『男同士の絆』はその代表的著作です。  女性相手の接客業ながら、男だらけの日常。駆け出しのホストはマンションの一室で集団生活をしているわけで、ジャニーズ事務所の「合宿所」のようなものです。もうこれはボーイズラブ的な雰囲気にあふれているわけで、このよく言えば捻りのある複雑な、悪く言えばある種歪んだ関係性こそ筆者がホストに魅かれる理由です。ですので、女性に接客しているホストさんたちを眺めていても心ここに在らずという訳で。  まあそれはさておき、全員がスーツを着用されたお店はやはりきちんとされている。手塚さんがおっしゃっていましたが、テーブルにお酒や水などを運んで置くとき、跪いて目線を座っているお客様と同じにしてから置くといった所作を守っているのはこの店くらいだろう、と。ただし、スーツの着方には色々問題があるようで手塚さんはもとより島田さんのファッションチェックも女性陣は楽しんでおられたようでした。  あっという間の二時間は過ぎ、再び歌舞伎町の雑踏の中に連れ戻された四人。食事がまだでしたので軽く何処かでしようということに。手塚さんからは美味しいピザ屋があると教えていただいていたのですが、「千円でベロベロ=千ベロ」の本も作られた加藤さんから四川料理か韓国料理はどうとの提案が。店にあてがあるようです。筆者はすかさず韓国料理が良いと。すぐ裏手が新大久保なのでそちらへ移動するかと思いきやホストクラブからすぐのちょっと路地を入ったところにビニールテント張りのどう見ても韓国料理店があるではありませんか。歌舞伎町の闇に映える明るい店構え。ここは鍾路(チョンノ)かと錯覚したくらい。これだこれ、ホストクラブの後は韓国料理に限ると妙に納得した筆者。  「テンチョ」というその店は気のいい店長さんがこの日は一人で切り盛りされていて、客も韓国人ばかりで料理も本格的。セリのチヂミに感嘆し、「チュムルロク」という豚肉の甘辛ダレの鍋が最高。昔給食で脱脂粉乳を飲まされたアルマイトの器でマッコリを飲むのも何とも乙ではありませんか。  こちらもあっという間に帰る時間となり、筆者一人だけ別の駅に向かうので急に不安に。島田さんに道を調べてもらい、一刻も早くこの街を抜け出さないと、と一目散に歩く歩く。目印の公園が見えてきたときはちょっとホッとしましたがまだここは歌舞伎町。もう一息と歩みを早め、西武線の駅入り口が見えた時、ようやく安堵の気持ちが。  毎日が「祭」の歌舞伎町で働く人々のパワーに圧倒された夜でした。島田さん、ご招待いただきありがとうございました。   今月のお薦めワイン  「フランス最大のワイン産地 ラングドック=ルーション」 「フォジェール 2016年 AOP フォジェール カルメル・エ・ジョセフ」 2500円(税別)    ブルゴーニュ、ローヌとローヌ河を下って行くと地中海に出ます。南仏のワイン、とりわけローヌ河の西側に広がるラングドック地方は「オック語」という意味で隣接するルーション地方と共にラングドック・ルーションのワインとして知られています。 さて、「オック」という言葉に聞き覚えるのある方も多いかと思います。ラングドック・ルーションはフランスワイン全体の40%近くを生産するも、アペラシオンを名乗るワインは少なく、一ランク下の以前ヴァン・ド・ペイ(地酒)と呼ばれていたワインの生産量がフランス全体の80%を占めるという一大デイリーワインの産地なのです。そして、その代表格が「ヴァン・ド・ペイ・オック」でした。  オレンジ色のエチケットにフクロウのマークが印象的な「ミティーク」、ボルドーに匹敵する高品質のワインを生産するドマ・ガサックの造るデイリーワイン「テラス・ド・ギレム(現、ムーラン・ド・ガサック)」は日本でもお馴染みのカリテプリな日常使いのワインですが皆、ラングドック・ルーションのものです。  そのようなラングドック・ルーションはまた、フランスにおける葡萄品種別のワイン=ヴァラエタルワインの一大産地でもあり、あらゆる葡萄品種が栽培されています。しかし、本来はグルナッシュ、カリニャンと言った葡萄の産地であり、アペラシオンを名乗るワインはこれらの地品種を用いて造られています。  今回紹介させていただくフォジェールはラングドックを代表するアペラシオンの一つです。上記の地品種を50%以上使用すること。とりわけ、カリニャンの10~40%の使用が義務付けられています。造り手のカルメル・エ・ジョセフは1995年設立のメゾン。カルカッソンヌ近くのモンティユ村にあるラングドック・ルーションに特化したネゴシアンです。  このフォジェールのセパージュはシラー50%、グルナッシュ30%、カリニャン20%。以前紹介させていただいたコート・デュ・ローヌとはカリニャンの有無に違いがあります。両者を比較することで、果実味をより生かしつつ独特のスパイシーさが魅力で、ローヌとは異なった凝集性よりは広がりを持った南仏のワインのある種のおおらかさを堪能することが出来るかと思われます。これを機に地酒クラスばかりではなく、ラングドック・ルーションの様々なアペラシオンワインも是非お楽しみいただければ幸いです。  ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

 さあみなさん、銀座の仕立て屋落語会も二周目に突入です。今回で2回目の登場、林家たま平さんによる、第四回『たま平クロークルーム』開催をお知らせします。 銀座の仕立屋落語会、林家たま平さん、春風亭与いちさん、三遊亭わん丈さんと襷を繋ぎ、早くも一周回ってまいりました。 2周目となる今回はどんなお噺が聞けるのでしょうか。前回以上の盛り上がりを期待しましょう。  今回ももちろんプロデューサーの山本益博さんの楽しい解説で、落語が初めての方でも楽しみやすい落語会になっています。安心してお越しください。  どうです、ダンナ、ちょいと銀座で落語でも洒落てみませんかって、何でもかんでもネタにしてシャレを効かすのが大人のお洒落ってぇもんですぜ、銀座でひとネタ、いかがです。   第四回 『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』 日時:8月7日(日曜日)12時45分開場13時開演、終演15時ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:林家たま平 司会 プロデュース:山本益博 会費:3,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで (落語会の受付はメールのみ)  

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『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第20回

『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第20回

このコラム、番外編を除くと20回を数えるタイトルは「酒番日記-映画、音楽、本、時々酒のこと-」映画、音楽、本、好きなことを主題として酒や服を絡めて書き綴ってきたかなりな偏りはあるものの…、徒然と、淡々と先日、ある酒場の時間に「栗岩さんって、酒場にいながら話題が酒だけじゃないですよね珍しいですよね、酒のことあまり話さないのって…」そう言われて嬉しかった自身の想いを貫いてこられたこと、それが伝わっていることに感謝した大人の遊び場、格好良く言えば社交場にはすべて必要な要素映画、音楽、本などについて20年以上の間向き合ってきた今になって蓄積されたそれらが伝わっていることを肌で感じたまた「酒番日記」としてこの場でも伝えられることに感謝している大人の遊び場ルールはないけれどモラルがあって、互いに気を配りながら共有する時間と場所そこには個人の趣味嗜好について押し付けることはなく自己主張することなく、声を張り上げることなく、絡み合うそれが心地好い時間と場所そんな場所が酒場で、それを仕切るのが酒番、だと思っているこれから先も様々な街角で「酒場」を創り出していきたい「酒番」として別の日の別の酒場でも語り合っていたとある映画のアートディレクション、スタイリング、酒の場面ちょうどその時、計ったかのように WAH! Radio から流れ出る so what https://youtu.be/rgSEqeDQyPIずっとずっと長い間、周りから何かと言われても思っていたずっとずっと「だから、何?」令和4年 小暑に改めて思う「酒番」栗岩稔栗岩稔プロフィール鎌倉THE BANK、 銀座7丁目クロージングサロン、木挽町路地裏の酒場 bar sowhat、銀座5丁目 Ginza Sony Park Bar Morita で大人の集う酒場を作り上げ人と酒と酒場をその歴史や文化から掘り下げ伝えていく唯一無二のフリーランスの酒番として活動中2021年夏よりパーソナリティを務める WAH! Radio www.wahradio.org  でお耳にもかかれますようにWebサイト開設のお知らせ栗岩稔のSTYLEを人やモノを通して伝えるメディアとして  https://www.kuriiwastyle.com/ がはじまりました少しずつですが栗岩稔のスタイルにご期待くださいこちらではお目にかかれますように

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『美食通信』  第十九回  「誕生年のワイン」

『美食通信』 第十九回 「誕生年のワイン」

 先日、人気お笑いコンビがMCのバラエティー番組で、2000年生まれの女性アイドルに送る誕生日プレゼントを出演者が競い合うという企画を放映していました。最下位の方が他の方全員の分も支払うという「ゴチになります」方式。Diorのコスメ、高級ハンドクリーム、マスクメロンと二万円から三万円のなかなか高額なプレゼントが並ぶ中、MCコンビのツッコミの方が誕生年のワインを購入されていました。ボルドーの第五級、ポイヤックのシャトー・クレール=ミロンの2000年を購入されていました。25000円。クレール=ミロンはボルドー五大シャトーの一角、シャトー・ムートン=ロートシルトのロートシルト(ロスチャイルド)家が同じポイヤックに所有するシャトーで、さらにもう一つ第五級のシャトー・ダルマヤックもポイヤックに所有しています。クレール=ミロンの方がダルマヤックより高く評価されていてお値段もお高い。2000年はミレニアムの上、良いヴィンテージでしたのでムートンは50万円ほどしてしまっています。そう思うと、同じ造り手で25000円はまずまずとも言えます。  実は昨年、毎年恒例の伊香保での泊りがけのワイン会で2000年のムートンを飲む機会を得ました。この通信を主宰下さっている島田さんも同席されていました。まだ早いくらいで見事な出来でしたがさすがに高価過ぎる。五大シャトーは尋常ではありませんが2000年はどのワインも高い値がついているのも事実です。  そして、かく言う筆者も先日、若い友人のバースデーを祝うのに誕生年の1995年のワインを開けました。ブルゴーニュのセラファン・ペール・エ・フィスのジュヴレ=シャンベルタン・ヴィエイユ・ヴィーニュにしました。というか、それが精一杯でした。レストランでの会食の折でしたので小売価格の二倍を覚悟しておく必要があります。ですので、レストランでバースデーワインを開けたいと思われたら、持ち込みが可能な店でご自身で準備したものにされることをお勧めします。  誕生年のワインは三十歳くらいまでなら比較的すぐ見つけられると思います。しかし、それ以上になると良いヴィンテージは見つかりますが高価であり、ヴィンテージが悪いと早飲みになってしまいますのでなかなか見つからず、どちらにせよそれぞれヘヴィーな状況に。  随分昔のことになりますが、1996年のこと。ちょうどパリに出かけることになりましたので知人の誕生日にと1965年のワインを探すことにしました。当時はまだインターネットが普及していませんでしたので、ワインはとにかく足で探す時代でした。現在は醸造技術が進歩して、以前ほどワインの出来不出来の差がなくなっています。ところが60年代になりますと不出来な年は散々で生産量は少なく長持ちしませんのでどこを探しても見つからないことに。1965年は60年代最悪の年と言われており、パリなら大丈夫だろうとたかをくくったのが裏目に。いつもヴィンテージワインを購入していたギャラリー・ヴィヴィエンヌのルグランならあるだろうと思ったのですが1965年はないとのこと。チェーン展開していたニコラの総本山、マドレーヌ広場の本店に出かけてみたのですが、ヴィンテージポルトならあるがボルドーはないと。他にいくつか店を回ったのですがどこにもありません。途方に暮れ、何とかワインショップの情報をとゴー=ミヨのワイン雑誌を購入しました。当時唯一の情報媒体でしたので雑誌にはワインショップの広告が載っていたのです。それらを探していると15区のあるワインショップがヴィンテージ物の立派なリストを載せていたのです。  ここならあるのではないか。早速翌日、その店を訪れました。すると五大シャトーの一つ、オー=ブリオンの1965年があるとのこと。蔵出しで1990年にリコルクされたもので、カーヴに寝かせていた際、エチケットがボロボロになってしまったらしく張り替えてあったのですが、元のエチケットを残したまま反対側に新しいエチケットを貼っていたので極めて珍しいブテイユ(ボトル)だったのです。もちろん、即刻購入しました。古いオー=ブリオンをたくさん所持していたようで他のオフヴィンテージもどうかと言われましたがそんな余裕はなく、ともかく入手することが出来ました。その知人とワインを一緒に開ける機会は逸してしまいましたが、後年某ワイン会で開けてみることにしました。リコルクした際、ワインを補填したのか予想以上に飲めたのです。その珍しいブテイユはそのまま保存することにしました。  古酒は通常飲むワインとは別の次元ですので枯れた感じを楽しむことが大事。もちろん傷んでしまっていてはいけませんが、果実の香り(アロマ)ではなく熟成香(ブケ)を嗅ぎ分け、ミネラルなど複雑な味わいを堪能することが肝要です。偉大なヴィンテージは抜栓後徐々にその眠りから覚め深い年輪を感じさせ、静かな感動を覚えることでしょう。残念な年のワインは開けたらすぐにピークが来ますのでそれを楽しみ、酸化を覚悟して後半に臨みましょう。  その点、三十年くらいまではどのワインもそれなりに楽しめます。2000年であれば、先述のようにムートン級のグランヴァンならまだ寝かせた方が良いくらいです。ですので、クレール=ミロンでしたら充分美味しくいただけると思われます。「新樽の魔術師」と言われたクリスチャン・セラファンが新樽率100%で造ったヴィエイユ・ヴィーニュも1995年が良作年だったこともあり、後半の方が美味しさが増してきて驚きました。  ただし、オールドヴィンテージはその状態が開けてみないとわからないというリスクが付きものであることをお忘れなく。高価な買い物になりますので、そのためにも信頼できるショップで買うこと。とりわけインポーターには配慮すべきでしょう。また、オフヴィンテージの場合はワインそのものを楽しむより一緒にお祝いすることが第一であることに意識的でありますように。  現在、筆者はFacebookに「エチケットは語る」というシリーズで過去に飲んだワインの記事を書いています。1997年篇を今執筆中ですが、当時筆者も若く、一緒にワインを囲む方々はさらに若い方ばかりでしたので、しょっちゅう誕生年のワインを開けていました。そのほとんどが1970年代で、おかげさまで1970年代のボルドーを良い年も残念な年もほとんど網羅的にテイスティングすることが出来ました。当時悪いヴィンテージは値段が安く、五大シャトーでも1984年、1987年といった80年代の残念な年はデパートで7000円くらいで売っていました。70年代のワインも同様で、一万円も出せばたいていのワインは充分購入することが出来たのです。  それを知っていましたので、25000円のクレール=ミロンを見たとき、「高い」と思わず呟いてしまいました。だって、これにディナーを加えたらレストランでいくら払うことになるのだろう。愛はお金に代えがたい。確かに。しかし、背に腹は代えられぬ。ワインとはかくも罪なものよ。そういつも思う筆者なのです。 今月のお薦めワイン  「イタリアスプマンテの期待のホープ プロセッコ」 「プロセッコ エクストラ・ドライ NV DOCプロセッコ・トレヴィーゾ レ・コンテッセ」 2160円(税別)  この回はイタリアのスプマンテ(スパークリングワイン)を紹介させていただくことになります。昨年は名実ともにシャンパーニュと肩を並べるロンバルディア州の「フランチャ・コルタ」でした。「フランチャ・コルタ」は地名で、使われる葡萄品種にもシャンパーニュと同じシャルドネ、ピノ・ネッロ(ノワール)が含まれ、製法も瓶内二次発酵を用いています。では、それに対し、イタリア独自のスプマンテは何かと問われれば、その筆頭に挙がるのがヴェネト州の「プロセッコ」ではないでしょうか。  プロセッコは葡萄品種の名前でしたが、ワイン固有の名前として採用しようと品種名を2010年から「グレラ」種に変更しました。最低でもグレラ種を85%使うことが義務付けられています。ちなみに今回ご紹介する「レ・コンテッセ」のプロセッコはグレラ100%で造られています。また、DOCから出発した格付けはDOCGを名乗れるものも出来、さらにスペリオーレの中の43村だけが名乗れる「リヴェ」、さらには最高の畑と言われる「カルティッツェ」に至っては単一畑名の表記が許されるなど階層化が進んでいます。  そして、2013年にはシャンパーニュを抜き、世界で一番売れているスパークリングワインとなり、スペインのカヴァを加えて、世界の三大スパークリングワインの一角をなすまでに至っています。  製法は他の二つとは異なり密閉タンク方式を用いています。そのため、シャンパーニュに感じられる酵母のトースト感(パンのような香り)はなく、葡萄本来の香りとフレッシュでフルーティーな味わいが特徴となります。葡萄の特性からやや甘みを感じるかと思いますが傾向としてはやはりシャンパーニュに合わせるべく辛口に仕上げるのが主流で、今回ご紹介するプロセッコも「エクストラ・ドライ」、爽快感のある辛口仕様となっています。アルコール度数はシャンパーニュよりやや低く10~11%。このプロセッコも10%です。そして、何より大量生産が可能ですので価格的にリーズナブルなことが多くの方に選ばれる理由の一つと言えましょう。  造り手の「レ・コンテッセ」はコネリアーノ地区にあるスプマンテを得意とするカンティーナ。最新の技術を用いて、プロセッコに関しては通常のガス圧より高い5.3気圧に上げて生産しているとのこと。こうして、一週間ほど寝かせておくと泡がワインに溶け込み、シャンパーニュ方式のような綺麗できめ細かい泡になるそうです。シャンパーニュとは一味違った軽やかで爽やかなフレッシュな味わいを是非気軽にお楽しみください。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第19回

『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第19回

もう30年近く前のこと 当時はアメリカ製ビジネスバッグのブランドマネージャーとして忙しいふりをして働いていた 服は20代はじめのラルフローレン勤務の影響が色濃く残る全身アメリカントラッドなスタイル 紺色ブレザーにコットンパンツ、ボタンダウンシャツにレジメンタルストライプタイ 靴は当時まだ英国製が流通していたクラークスのデザートブーツがお気に入り 黒色、濃茶色、薄茶色、黄土色のワラビーブーツはもちろん、そんなスタイルだった   その夏、大きな仕事が成立して嵐のように忙しくなる予感と気配がしていた 仕事のはじまりの喜びと次に向けた調査のための「市価調」の最中に目に入った 期間限定、数量限定デザートブーツ限定カラー「ホワイト」! ご褒美という自分勝手な言い訳を付けて迷うことなく買った いつ、どこで、どんな時に履くか、その夏の楽しみになった   美しい女性に食事に誘われた、楽しいことは続くものなどと勝手に思い込んだ 迷うことなく白のデザートブーツを初めて履くことに決めた 下から決めたコーディネートでその週末を迎えることになった 白のデザートブーツに白のコットンパンツ、紺無地のサマーウールのブレザー ブルーのボタンダウンシャツに紺色に白のストライプタイ、浮かれていた   夏の陽射しが降り注ぎ、不自然に強い風が吹く朝、足元軽やかな一日がはじまった 膝裏のシワが気になり出来るだけ座らなくても済むように仕事をこなした   いつもの居酒屋を避けて小綺麗なダイニングバーで素敵な夜を過ごしつつ 歩く時、店にいる時、話す時、いつも足元を気にする自分がそこにいた もちろん目の前の女性が一番だったものの何だか本末転倒な夜が終わった   終電近い車内でも人混みを避けて立ったまま一日の終わりを迎える駅に着いた   酷く激しい突然の雨だった タクシー乗り場などない駅前で大雨と足元を見ながら呆然と考えた...

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『銀座の仕立屋落語会・わん丈クロークルーム』開催のお知らせ

『銀座の仕立屋落語会・わん丈クロークルーム』開催のお知らせ

 さてみなさん、いよいよ銀座の仕立て屋落語会の第三回『わん丈クロークルーム』開催のお知らせです。  6月4日に日本橋三井ホールで開催された落語フェスとも言える伝説的な落語会となった「コレド落語会」でも前座を任され、真打への昇進も近いレギュラー3人目、「三遊亭わん丈」さんの登場です。  今回ももちろんプロデューサーの山本益博さんの楽しい解説で、落語が初めての方でも楽しみやすい落語会になっています。安心してお越しください。  元ミュージシャンという異色の経歴を持つわん丈さんは、二つ目昇進から7年目を迎えたレギュラーの中では間違いなく真打に最も近い若手のホープ、贔屓にするには正に今がちょうどいい塩梅。  どうです、ダンナ、ちょいと銀座で落語でも洒落てみませんかって、何でもかんでもネタにしてシャレを効かすのが大人のお洒落ってぇもんですぜ、銀座でひとネタ、いかがです。   第三回 『銀座の仕立屋落語会・わん丈クロークルーム』 日時:7月3日(日曜日)12時45分開場13時開演、終演15時ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:三遊亭わん丈 司会 プロデュース:山本益博 会費:3,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで (落語会の受付はメールのみ)

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『美食通信』第十八回「クロワッサン好き」

『美食通信』第十八回「クロワッサン好き」

 筆者はいわゆる「おかずっ食い」で食事の際、主食の穀類を基本食しません。少食なのと食後にデザートを必ず食べますので(それも結構しっかりと)、炭水化物はそれまで控えるようにしたいと思っているからです。お米は週に一回、昼に具がたっぷりの太巻を食べるくらいです。カレーはルウだけ食します。一番苦手なのが麺類。見ただけでお腹が一杯になってしまいますので、滅多に食しません。何人かでイタリアンに出かけた際、ちょっといただくくらいです。個人的にはカルボナーラとかパスタソースは好きですのでレトルトで買ってソースだけ食してみるのですが、さすがに濃過ぎて美味しくいただけません。そんな中、まだパンはましな方で、大学で昼食をとらなければならないとき、アンドーナツなどコンパクトでカロリーが摂れ、パサパサしていないパン類は救いの神です。パンでもパサパサしたものは苦手でアンパンは中のあんこだけにして欲しいと思うくらい。例外はバケットなどフランスパンで、フレンチに出かけて手を出すことは稀なのですが、時折、料理やワインが口の中に残り過ぎた時、水で洗い流すとお腹が膨れるのでバケットをちょっと齧りたくなります。そのままの時とバターをたっぷり付けたいときと、それは時に応じて異なるのですが。  そんな筆者ですが、時折どうしても食べたくなるパンがあります。それは「クロワッサン」。  ただ、クロワッサンであれば何でも良いという訳ではありません。バターをこれでもかとふんだんに使ったクロワッサンでないとダメ。外見は良く焼けていて、でも持つと手にバターが付いてしまう。さらに食すと、中は噛み切る際ねっとり感があり、バターが滲み出てきて、口の周りがテカテカに光ってしまうくらいでないと。ですので、ホテルの朝食バイキングのバターをケチったミニクロワッサンなるものを見るたび、おかずだけにしてパンはやめようと思うのですが、ついつい一つ取ってしまい、一口食べて後悔し、給食用のバターを持って来てべったりつけて食するのですがマーガリンもどきでは、これまたどんどんキワモノ化してしまうのがオチです。  筆者にとって、「『クロワッサン』はこうでないと」とのある種の基準化は一九九四年、パリに初めて一人で海外研究に出かけた際、食した「クロワッサン」にあるかと思われます。それはパリのデパート「ギャラリー・ラファイエット」の食料品専門フロア(日本でいう「デパ地下」)「ラファイエット・グルメ」にあった「ルノートル」の「クロワッサン」。「ルノートル」は当時、日本では西武百貨店が提携を結んでいて、西武デパートには何処にも「ルノートル」が付設されていました。「ルノートル」はパティシエのガストン・ルノートル(1920~2009)が始めたブランドで、ガストン氏はプロのための料理学校をフランスで初めて設立(1971年)するなどフランス料理界に絶大な影響力を持っていました。また、シャンゼリゼ大通りに、甥のパトリック氏がシェフを務める「ル・パヴィヨン・エリゼ」という星付きレストランを経営していた時代もありました。ですので、「ルノートル」はすでに知っていて、日本では主にケーキを食していたのですが、「ラファイエット・グルメ」の「ルノートル」のクロワッサンは壮観でした。焼き上がる時間が決まっていて、その時間になると台の上にこれでもかとクロワッサンがてんこ盛りに出されるのです。それを待ってましたとばかりに、客がワッと寄ってたかって大量に買って帰る。あっという間に無くなってしまうので、筆者も一つか二つですが焼き上がる時間に出かけて、おこぼれを頂戴するかのようにクロワッサンを買いに出かけたものです。その時はシャンゼリゼ大通りを一本奥に入ったポンチュー通りのレジダンスを借りていましたので、散歩がてら歩いて通いました。確かにそれなりに高級なのですが気取ったものではなく、日常のちょっとした贅沢くらいのパンだと思うのです。  その後、二十一世紀になってほどなく、『どっちの料理ショー』で「日本一美味しいクロワッサン」というふれ込みで名古屋の「ブランパン」のクロワッサンが紹介されたことがありました。もう、どうしても食べたくなって、当時、三菱重工に勤める昔の教え子が名古屋にいましたので、友人たちと名古屋詣でし、繁華街から離れた名古屋大学の近くにある「ブランパン」まで教え子の運転するランボルギーニでクロワッサンを食べに出かけました。フランス人の店主が作るクロワッサンは不味くはないものの「日本一」というほど美味しくもなくガッカリしたものです。持って帰るのを待ちきれず、近くの公園で皆で食べたのをよく覚えています。夜、ホテルでワインを飲むとき用といって買った総菜や総菜パンの方がおフランスしていて美味しかった。  人生において、一番クロワッサンを食べたのは二〇〇五年、呼吸器疾患で生死の淵を彷徨い、二ヶ月間入院した時でした。人生初めての入院が面会謝絶になるほどの重篤なもので、精神的にもパニックになってしまい、体重は三十キロ台まで落ちていました。そんなこんなで個室にずっと入院していたのですが、それが功を奏したというか、病院食に融通をきかせてもらうことが出来ました。相当の偏食家だと思われるようですが、何せおかずは文句を言わずに食べるので、ご飯はイヤと言ったら、じゃあ何でもよいので炭水化物を取って下さいということに。呼吸器の病気なので食事に制限がなく、治療者側もともかく栄養を摂って体重を増やして欲しいわけです。またその病院、昼は麺類だというのでそれもイヤだと言ったら、おかずだけ作って出してくれるというではありませんか。そこで筆者は家人にクロワッサンを買ってきて欲しいとお願いしたのです。もちろん、一日三食クロワッサンですので、スーパーに売っている一袋に数個入った大量生産のものを食べていました。チューブ状のバターやチョコレートクリームをたっぷり付けて。おかげさまで何とか生還することが出来ました。まさに「クロワッサンさまさま」です。  それから時折、有名店のクロワッサンなど食してみるのですが大体ダメです。余分な味がする。砂糖が入っているのか甘さを感じる場合が多い。菓子パンのイメージなのでしょうか。先日も南青山にフランスでも有名なクロワッサンの店が再オープンしたというので食べてみたのですがやはり菓子パンに近く、香りは良いのですがオイリーなバター感がなく、澄ました上から目線の味わいでガッカリしました。そんな中、最近食したクロワッサンで最高だったのは昨年九月、浅間温泉に出かけた際泊まった「松本十帖」の朝食で出された「アルプスベーカリー」の「クロワッサン」です。隣の「小柳」の二階に店を構えるベーカリーで焼き立てだったようですが、ともかく持つ手がベトベト、滲み出す大量のバター、お口の周りはテッカテカと食べるのにお行儀よく出来ず一苦労するのですが、これこそ「クロワッサン」を食する醍醐味。久しぶりに美味しいクロワッサンに出会えました。ただ、「信州ガストロノミー」の朝食はメニュがテーブルに置かれてある立派なコース仕立て。クロワッサンにたどり着く頃には少食の筆者はもうギブアップ寸前で。この時ほど、パリの朝食が「コンチネンタル」(生ジュース、パンの盛り合わせ、飲み物のみ)だったことの正しさを痛感したことはありませんでした。   今月のお薦めワイン  「イタリア赤ワインの手頃な定番 モンテプルチアーノ」 「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ レ・モルジェ 2020年 DOCモンテプルチアーノ・ダブルッツォ テッレ・ダブルッツォ」 1900円(税別)   私たちにとって、イタリア料理はフランス料理に比べ、身近で日常使いにも適した得難い西洋料理です。もちろん、高級リストランテでの食事も素敵ですが、ピッツェリアでちょっと小腹を満たしたり、トラットリアで親しい方たちと賑やかな食卓を囲むのも食の幸せな時間に他なりません。そんな気軽な食事の際、欠かせない手頃に楽しめて美味しいイタリアの赤ワインと言えば、「キャンティ」と「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」が双璧ではないでしょうか。切れのいい酸とタンニンのタイトな味わいを楽しみたければ「キャンティ」、ストレートな充実した果実味を楽しみたければ「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」とお考え下さい。「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」はイタリア半島の長靴のちょうど真ん中辺りに位置するアブルッツォ州でモンテプルチアーノ種という葡萄から造られるワインです。このアブルッツォ州、他の州と異なり、この赤のモンテプルチアーノ・ダブルッツォと白のトレッビアーノ・ダブルッツォという二種類のワインが大半を占め、他のワインが殆どありません。しかし、「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」はイタリアワインを代表する赤ワインの一つというユニークな州です。  そして、「キャンティ」が千円を切るコンビニワインから、ヴィンテージ物の高級なものまでグレイドが多岐にわたるように、「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」もエミディオ・ペペのように少数ながら、長熟用に造られ数万円するような銘酒も存在するのです。しかし、ほとんどは手頃な価格の早飲みタイプ。濃いルビー色、ベリー系の香り、果実味豊かですがクセがなく、後に引かない飲みやすさがあり、アフターにちょっとリコリスのようなハーブ系の余韻があります。やや温度を低めにすると料理とも合いやすく、ついつい飲み過ぎてしまうくらい。  今回ご紹介する「テッレ・ダブルッツォ」は1999年設立の新しいカンティーナ(ワイナリー)。クオリティは高く、しかし、手頃に楽しめるワインを提供することをポリシーとする品質管理を徹底したモダンな造り手と言えるでしょう。ちょっとイタリアンな時にどのようなシチュエイションにもピッタリの一本です。どうぞ、お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第18回

『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第18回

COOL BIZ という言葉を聞いて久しい 街ではすでに当たり前のようにカジュアルスタイルのビジネスマンを見かける そもそも、COOL BIZ って何だっけ、と思い調べてみた 環境省ホームページによると、2005年(平成17年)に 現都知事の小池百合子さんが環境大臣を務めていた当時 小泉純一郎首相が旗振り役で「夏場の軽装による冷房節約」を掲げ 「ノーネクタイ、ノージャケットキャンペーン」とし 室温28℃に対応出来る軽度の服装着用を推進したとのこと COOL BIZ の命名は一般公募で、涼しい、格好良いという意味の COOL と 仕事、職業を意味するBUSINESS の短縮形 BIZ からなる造語で決定した 期間は、6月1日から9月30日と定められていたが 20007年に初めて「猛暑日」が設定されているように 夏場の気温上昇に伴い、5月1日からの実施となっていった その後の東北大震災の原発事故の影響で電力消費を抑えるために 更に強化され、2012年には SUPER COOL BIZ にまで拡大 2021年には実施期間の呼び掛けを廃止し慣例通り5月1日から9月30日となっている   ここ何年か、ビジネスシーンでのスーツスタイルのカジュアル化と 新商品開発、新たな繊維、工程の進歩によって、以前ほど悪くなく かえって良くなって、カジュアルスタイルが「ダサく」なくなってきた 当時は、ただ上着を脱ぎネクタイを外しただけのおじさんや カジュアルウェア=ゴルフウェアのようなおじさんなど 目に余る「カジュアル」スタイルが多かった、ように思う この光景の差も COOL BIZ なるものが15年も経て定着してきている結果だと   お隣の韓国では、2006年に首都ソウルを中心に取り入れ 中国では、字面だけで涼しげな「清涼商務」を推進し 背広の国イギリスでは労働組合会議が2006年に取り入れたものの 議会、重要会議での服務規定は守られる、さすがの対応 ファッションの国(?)イタリアでは保健省が従業員に対して訴えるものの...

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『美食通信』第十七回「嗜みとしてのゴルフ――マスターズを終えて――」

『美食通信』第十七回「嗜みとしてのゴルフ――マスターズを終えて――」

 今年もマスターズの季節となりました。昨年は松山英樹プロが日本人初さらにアジア人初の優勝という快挙を成し遂げました。まさか自分が生きている間に日本人が優勝するとは思っていませんでしたので、筆者もまた大変感激しました。大学がちょうどコロナ禍でリモートになっていましたので、ついついテレビに釘付けになり、気づくと朝になっている数日でした。最終日、松山選手は最終組でしたので一番ホールから最終十八番ホール、最後のパットを入れて優勝するまでずっとテレビ観戦していました。今年はちょっと残念な結果になりましたがそれでもついつい朝方までテレビに見入ってしまう日々でした。  実は筆者、スポーツが苦手というかあまり好きではありません。団体で行なう競技がとりわけ好きになれず、学校体育は苦痛の日々でした。そんな中、唯一自ら熱中したスポーツがゴルフだったのです。ゴルフを始めたのは小学校五年生の時。ちょうど父の転勤で長野県の諏訪から神戸に引っ越してからということになります。思えば、半世紀も前のことになってしまいました。神戸に引っ越して、父が毎週末、ゴルフの練習場に行くようになったのです。 最初は興味本位でついて行ったのですが、自分も打たしてもらうとがぜんやってみたくなり、毎週父と練習するようになりました。社宅から歩いていける距離に二軒練習場があり、新しくできた方は結構な距離でしたがまだ国道に阪神電鉄の路面電車が走っていて、それに乗るとすぐでした。社宅は一軒家でしたので、小さな庭で父からもらったお古のクラブで毎日素振りをしたり、空き缶を地面に埋めてカップに見立て、パターやアプローチの練習をするようになったのです。基本的なマナーや技術などは父がくれた中村寅吉プロの書かれた初心者用の本を頼りに学んでいきました。  子供ならではの好奇心で我流とはいえ、みるみる上達し、すぐにショートコースに出られるようになり、六年生になる頃には父に連れられ、コースを回るようになりました。父は銀行員でしたので銀行が持っている会員券があり、それをお借りして、名門の芦屋カントリークラブでもプレーさせていただきました。すでに書かせていただきましたが、関西は付け届けが盛んで、お歳暮お中元だけでなく、バレンタインなどことある毎に何か家に届くのですが、その他に休みに家族連れで旅行にご招待下さるなどということもありました。 東条湖という遊園地やゴルフ場といったリゾートを湖畔にしつらえた人口湖があり、そのほとりにある某企業の保養所に数回出かけました。社宅の隣の方とご一緒し、家人は遊園地、自分は父とお隣のご主人と三人でゴルフという訳です。自分はその東条湖カントリーが一番好きでした。関西のゴルフ場は関東の林間コースとは異なり、丘陵コースと言い、アップダウンが激しく、ホールの周囲を木が囲むこともありません。海辺にあるイギリスのゴルフコースをそのまま内陸に移した感じです。ところが東条湖は人口湖ですので、その周囲はフラットでまさに関西では珍しい林間コースだったのです。真夏でも木がありますのでどこか涼やかで実に気分良くプレー出来たのです。 今から五十年も前に小学生がゴルフなどというとよほど特別なことのように思われましょうがそれ程でもありませんでした。当時の会社員は誰もが接待ゴルフ、麻雀等々が仕事のようなものでしたので、自分と同じような境遇のゴルフ少年が同じクラスにいたのです。内田君といってお父様は鐘紡に勤められていました。まさに転勤族の子息です。夏休みが終わって学校が再開すると、お互い、休み中にどこのコースを回ったかなど語り合ったものです。 そのように子供の頃からゴルフをしていたならプロになることを考えたりしなかったのなどと若い友人たちからよく尋ねられるのですが、微塵もそのようなことを考えたことはありません。ゴルフはあくまで趣味、嗜みでしかないというのが常識だったからです。自分が子供の頃、ゴルフを生業にするというのは中卒でゴルフ場に勤め、キャディーから叩き上げるまさに職人の修行でしかなかったからです。 もともと、ゴルフはプロスポーツではなく、「紳士の嗜み」として人気を博してきたのではないでしょうか。実際、筆者の子供の頃、アマチュアゴルフ界には中部銀次郎(1942~2001)という「プロより強いアマチュア」といわれた名プレーヤーがいました。今でこそ、アマチュアゴルフ界はプロになる前の大学生のためにあるかの如くの様相を呈していますが、当時プロゴルフとアマチュアゴルフは別の世界と子供ながらに筆者は捉えていました。中部氏は大洋漁業の社長のご子息。小学校からゴルフを始められ、甲南大学卒業後は大洋漁業の関係会社に就職。サラリーマンをしながら、生涯アマチュアとして活躍されました。ですので、筆者は一度もプロゴルファーになろうなどとは露ほども思ったことはありません。また、父も自分をプロゴルファーにしようなどと考えたことはなかったでしょう。実際、中学二年生の夏に東京支店に転勤になり、船橋の社宅に住むようになってからもゴルフコースには連れて行ってもらいましたが、筆者は以前のような熱心さをなくしていました。それでも、父は別にあれこれ言うことはありませんでした。銀行の同僚が会員権を買うというので、お付き合いで買っていましたが筆者はそれを使わせてもらうこともあまりなく、時々父と一緒に回ったりするくらいでした。 父は筆者が大学に入ってフランス料理に熱中し始めると、銀行の部下の女性行員を二名招いて筆者と四名で毎月フランス料理の食べ歩きをさせてくれました。訪れる店は筆者に任せて、金は出すが口は出さない。ゴルフの時と一緒でした。今は亡き父に心から感謝している次第です。 筆者の母方の祖父はアマチュア野球の審判として、高校野球の甲子園への静岡県大会決勝の主審を務めるなど社会人野球に尽力していました。その縁もあり、母の妹は父の母校ででもある県立静岡商業が甲子園で準優勝した際の監督と結婚し、その叔父はアマチュアゴルファーとして静岡県でもトップクラスの成績を収め、ゴルフショップを経営しています。しかし、筆者は叔父とは一緒に回ったことはありません。ゴルフの話はもちろんしますが。 つまり、ゴルフはあくまで「社交」の一つなのであり、それぞれのテリトリーの中で一緒にプレーすることで人間関係も潤滑になり、生活に潤いが出るのではないでしょうか。筆者は子供の頃、内田君と学校でゴルフの話で盛り上がりましたが、彼と一緒にプレーしようと思ったことはありませんでした。それは内田君には彼の家庭のテリトリーがあり、転校生というその境遇は同じであっても自分の家庭とは異なっていると子供ながらに理解していたからと思います。 一家総出で子供をゴルファーにしようという家庭を見るにつけ、父が平凡なサラリーマンであって本当に良かったと心底思う今日この頃です。     今月のお薦めワイン 「フランスワイン第三の産地 ヴァレ・デュ・ローヌ」 「コート・デュ・ローヌ ルージュ プティ・ロワ 2018年 AC コート・デュ・ローヌドメーヌ・ヴァル・デ・ロワ」 2200円(税別)  今回はフランスの赤ワインでブルゴーニュ、ボルドー以外の代表的ワインを紹介させていただきます。すでに繰り返し申し上げてきましたように、ブルゴーニュは緯度的に赤・白双方の銘酒を産することの出来る実に恵まれた地勢を有しています。ですので、赤ワインはより南が適していることが分かります。そして、ブルゴーニュをそのまま南下した場所に位置するのが「ローヌ」のワインということになります。  ローヌの赤ワインを代表する葡萄品種は何といっても「シラー」でしょう。ボルドーの「カベルネ・ソーヴィニヨン」「メルロ」、ブルゴーニュの「ピノ・ノワール」と並んで世界中でヴァラエタルワインとして造られている品種の一つです。南の葡萄だけにスパイシーで野性味にあふれ、アルコール度数も高い。北ローヌではシラー単品種で造るワインが多く見られ、最北の「コート・ロティ」はその中でも高価な銘酒を生み出しています。また、そのすぐ南に位置する「コンドリュー」は早飲みの高級白ワインの産地でヴィオニエ種という珍しい葡萄品種から造られています。  しかし、多くのローヌのワインはシラーとグルナッシュなどの混醸でスタイルとしてはボルドーに近いと言えましょう。その中でも珍しいのは南ローヌを代表する赤ワイン「シャトーヌフ=デュ=パープ」で13種類の葡萄品種を用いることが出来ます。造り手によっては単品種で造る者もいて、多彩な味わいを楽しむことが出来ます。  今回ご紹介するのはもっともポピュラーな「コート・デュ・ローヌ」の赤です。ブルゴーニュで言えば、ACブルゴーニュに相当するワインです。上記の通り、シラー、グルナッシュ等の混醸で、グルナッシュは南仏のワインでもよく用いられますので、シラーの割合の多いワインを選んでみました。この「プティ・ロワ」はシラー60%、グルナッシュ40%となっています。  造り手はエマニュエル・ブシャール。ブルゴーニュワインを代表するドメーヌ、ブシャール家の一族で父のロマン氏が1965年に南ローヌのヴァルレアに畑を持ったのがこの「ドメーヌ・ヴァル・デ・ロワ」の始まり。エマニュエル氏は97年にドメーヌを継承。2013年にエコセール認証を得るなど自然派ワインを造っています。自然酵母での発酵、樽を用いず、葡萄の味わいそのものを感じられるワイン造りがモットーとのこと。  若くても楽しめる果実味たっぷりのローヌのワイン。ブルゴーニュの洗練さと対照的な野趣味にあふれたパワフルな味わいはこれからの季節、野外でのバーベキューなどにもピッタリかと思われます。是非お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで  略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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第二回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』

第二回『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』

好評のうちに開催された『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』に続き、第二回は春風亭与いちさんによる『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』が5月15日に開催されます。   与いちさんは、いま一番人気の噺家といって差し支えない春風亭一之輔さんのお弟子さん。24歳と若いながらもメキメキと頭角を表す注目株。どうです旦那、今のうちに唾つけときましょう。 何でもかんでもネタにしてシャレを効かすのが大人のお洒落ってぇもんですぜ、銀座でひとネタ、いかがです。   第二回 『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』 日時:5月15日(日曜日)12時45分開場13時開演、終演15時ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:春風亭与いち 司会 プロデュース:山本益博 会費:3,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで 

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『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第17回

『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第17回

新年度がはじまった毎年目にするロボットのような若者紺のスーツに白いシャツ、臙脂のネクタイ、黒い靴黒のスカートスーツに白いシャツに黒いパンプス手には監理されているかのようなスマートフォン先輩と連れ立って歩く姿は緊張気味、通勤車内はスマホと対話構内ではスマホ片手にうつむき歩きでスマホ頼みの乗り口案内街中では片手にスマホ片手に傘、見るのは画面の道案内気にしなければ良いとは思いながらの何だか気になる雨の大手町4月になると「制服」のようなスーツ、前年までは「リクルートスーツ」そのものの歴史が気になり書店に急ぐ、スマホではなくアナログで「リクルートスーツ」という日本独自の慣行とされるその造語英語に当てはめると「interview suit」というらしいこれもまた日本独自の慣行とされる「就職協定」これによる採用確定とその就職活動時期の集中2018年まで「就活ルール」と名を変えて続いた紳士協定という名の「慣行」そもそも「慣行」という言葉も学問的な用語として確定しているとは言えないらしく…これがはじまった1970年代後半に持ち込まれた親からの相談「何を着せたら良いか?」この相談に対応を仕切れなくなった学校関係者が百貨店に相談こうして売り出された就職用スーツ「リクルート」という名のスーツ就職協定が確立されたことによって一斉に行う採用活動を生み出し、一斉に行なわれる就職活動を生み出しその服務規範も一律ではないかという憶測、推測、予測訪問する企業に幅広く通用する外見を知りたいという欲望こうしてはじまった「リクルートスーツ」そのはじまりは1977年9月とのこと昨今では服装による個性表現を推奨する傾向があり実際「個性的」な外見を目にすることが増えたのは事実ではあるものの当たり障りない服装でまとめるのは当然のことかとも思うそもそも就職活動の際の服務規範を問われたところで何も知らずにこれから社会に出ようとする若者にはわかるはずもなくやはり雇う側、相談される側、伝える側、売る側の責任は大きいと思う伝えたいことが山ほどあり、それを伝えたいと思いながらも大手の服飾に携わる企業の様に「間違いない服」を提案してしまうかもしれずこれが「常識的な服」として伝えてしまうかもしれず…「個性的」という言葉の意味や対義語に思い悩む今日この頃雨を避けた久しぶりのメトロ車内で耳にした会話「この次、どうする?」もちろんスマホに目をやりながら営業先か何かの相談と思える問いかけに「次?次はもっと給料が良いところかな」と、4月の会話に驚いた雨のメトロの大手町汚れたピンクの花弁張りつく東京で「向上心」の意味をも考える雨の4月の午後新しい春を迎えたみなさまへいろいろなことが起こる今もこれからも少しでもやさしい時間になりますようにDiana Krall, Nat King Cole などの名演数あれど今はこの人でA Blossom Fell / Sue Raney令和4年穀雨を迎える頃に酒番 栗岩稔参考文献/リクルートスーツの社会史/田中里尚著/青土社栗岩稔プロフィール鎌倉THE BANK、 銀座7丁目クロージングサロン、木挽町路地裏の酒場 bar sowhat、銀座5丁目 Ginza Sony Park Bar Morita で大人の集う酒場を作り上げ人と酒と酒場をその歴史や文化から掘り下げ伝えていく唯一無二のフリーランスの酒番として活動中2021年夏よりパーソナリティを務める WAH! Radio www.wahradio.org  でお耳にもかかれますようにWebサイト開設のお知らせ栗岩稔のSTYLEを人やモノを通して伝えるメディアとして  https://www.kuriiwastyle.com/ がはじまりました少しずつですが栗岩稔のスタイルにご期待くださいこちらではお目にかかれますように

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