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JOURNAL

『美食通信』 第二十五回「避暑地の幻影(ファンタスマゴリア)」

『美食通信』 第二十五回「避暑地の幻影(ファンタスマゴリア)」

 『美食通信』もはや三年目に入りました。これもひとえに拙文を読んで下さっている皆様、主宰の島田さんのおかげです。この場をお借りしてお礼申し上げます。  ところで、新年最初の連載は年末に書くことになります。ある年を締め括るに際し、その年のうちに会っておきたい人って皆さんにもいらっしゃいませんか。筆者は五月に十年近くぶりにお会いした大学院の先輩M女史にもう一度お目にかかりたいと思い、栃木県大田原市に向かいました。大田原には良い店がないと言われるので那須なら避暑地でレストランも多いかと思い、五月は「クエリ」という気軽なフレンチに出かけました。今回は別の店にしようと思ったのですが、土曜日で何処も予約が取れず、「クエリ」に電話すると時間をずらして遅い時間なら何とかなるとのことでしたので「クエリ」を再び訪れました。  様々な飲食店の点在する那須街道からりんどうラインに入りしばらく進むとキノコの看板が目印の可愛らしい洋館が目指す「クエリ」でした。奥に進むとサンルームのような明るいホールがあり、今回もそちらに通されました。ランチの数も豊富ですが、メインをチョイスできるコースがあり、アミューズ、ハーフサイズのガレット、ポタージュ、そしてメインにデセールとなかなかのボリュームのコース仕立て。これで3000円ほどですのでカリテプリ感充分です。もちろん、味も都内のビストロに匹敵する腕前。今回は蕪のポタージュを美味しくいただきました。鶏のコンフィも美味しかった。しかも、ワインもコンパクトながら良いリストがあり、五月はブルゴーニュ、今回はボルドーの真っ当なワインが一万円ほどで飲めました。筆者にとって、このワインリストの存在が店選びの重要なポイントであることは読者の方であれば予想がつくかと思われます。  それにしてもおとぎ話に出てくるようなちょっと不思議な趣のこうしたレストランは那須のような避暑地に相応しい。というか、他の場所にあると違和感があるのではないでしょうか。それは他ならないある種の非日常性が避暑地にはあるからではないか、と。それは幻想的とも言えるものでこれを「ファンタスマゴリア」と呼ぶことが出来ると思うのです。これは同じ非日常的な場所でも例えば、温泉地などでは感じられないと思います。筆者は毎年、伊香保温泉に出かけますがファンタスティクなものを感じることはありません。とにかく人が多い。しかも、建物が密集していますので人がいなくても幻想的ではない。昨年、長野県松本市の浅間温泉のブックホテル「松本十帖」に出かけました。コロナで人がほとんどいなかったので寂寥感はあったものの怪しげな幻想感はありませんでした。  避暑地は別荘が点在していて、しかもいるのかいないのか分かりづらい。ファンタジーとはファントムと同じ語源です。ファントムとは「亡霊」、「幽霊」のこと。日本では『オペラ座の怪人』と呼ばれているミュージカルがありますが、原作の小説はフランス人のガストン・ルルーの『ル・ファントム・ド・ロぺラ』、まさにパリのオペラ座(オペラ・ガルニエ)に住む幽霊の話です。このいるのかいないのか分からない、即ち存在しているようでしていない感こそ、幻想的な非日常性、しかもどこかに死の匂いさえする怪しげなものなのです。フロイトは鉄道旅行の夢は「死」を意味すると言い、宮沢賢治はそれをもとに『銀河鉄道の夜』を書いたと言われています。旅には死の匂いがする。ただし、温泉やビーチなどはどうもよろしくない。また、人里離れた一軒宿なども駄目だ。匿名性の人混みの都会から隔絶した「ここにいる=在る」感に満ち満ちているから。  どこか自分もフワフワとして夢でも見ているような、つまり、実際にいるのかいないのか分からない心地になる場所でないと。五月はまだ新緑で生き生きとしていましたが、十二月ともなると草木も枯れ、何処か寂寞とした趣が。シューベルトの歌曲集『冬の旅』の冒頭が思い出されます。こちらはドイツ語で『ヴィンターライゼ』。一曲目は「おやすみ(グーテ・ナハト)」。男声で歌われるどこか物悲しい格調高い歌の数々。いよいよ不可思議な気持ちになっているとM女史がお土産を買いに行こうと。「ペニーレイン」という有名なパン屋さんがあるのだ、と言うではありませんか。そう言えば、その店の名は聞いたことがあります。確か、ブルーベリーの食パンが有名な店ではなかったか、と。M女史に尋ねるとその通りであるのこと。それにしても那須高原に本店?があるとは知りませんでした。M女史の記憶は曖昧でしたが、今はナビがあるので調べてみると「クエリ」から車で十分ほどのところと検索されましたので出かけてみることに。  これがまた、街道沿いとは違ってどんどん別荘地の方に入っていくではありませんか。冬は訪れることはないのでしょうか、何処も人の気配のない別荘を眺めながらしばし進むとこれまたまさにイギリス風の洋館が。しかも、こちらはなかなか大規模で立派な建物。結構車が停まっていて、ちょっと出っ張った部分がベーカリーでその奥の洋館がレストランらしい。確かに人は多い。しかし、人気のない別荘地の一角だけ賑わいがあり、何か異様な感じがします。しかもベーカリーは暗い山小屋風で照明は暖色系で薄暗く、商品が良く見えないという普通のベーカリーとは程遠いシチュエイション。  ビートルズファンの店主がその世界観を反映させた空間ということでこれもまたある種の「幻影」を追い求めているものです。1967年にリリースされた曲名から取られた店名はメンバーの出身地リバプールにある通りの名前とのこと。店のロゴはピースマーク。筆者はそのロゴとハートマークをかたどった「ラブ&ピースクッキー」をお土産に買い求めました。確かにここは1960年代のイギリスではありません。那須に他ならないのですが「幻影」に彩られたその一帯だけが何処かリアリティを欠いた浮遊感を覚えさせるのです。 「夢か現(うつつ)か幻か」。不在の中に存在する「避暑地」でのひと時は筆者には極めて魅力的に感じられます。「ペニーレイン」を後にする頃には冬の陽はすっかり暮れて、闇が迫って来ました。無事に帰宅できるだろうか。そんな一抹の不安を抱えながら、日常に戻っていくのもこれまた一興ではありませんか。来年もまた、那須を訪れたいと思った次第です。 今月のお薦めワイン  「グランヴァンへの旅を祝して シャンパーニュ」 「シャンパーニュ ブリュット ブラン・ド・ブラン NV ACシャンパーニュ ジョゼ・ドント」 10000円 (税別)   今月のお薦めワインのコーナーも三クール目に入りました。これまでの二クールでフランス、イタリアの主要なワインをざっと紹介させていただきました。そこで三クール目は赤ワインのグランヴァン、本流中の本流、フランスのブルゴーニュとボルドー、イタリアのピエモンテとトスカーナのワインを取り上げてみたいと思います。この四地方のワインをしっかり押さえれば、世界の赤ワインは応用的にほぼ理解できると言っても過言ではありません。  その前にこれからのグランヴァンへの旅に幸あれとシャンパーニュでお祝いと参りましょう。進水式の際、シャンパーニュの瓶を船にぶつけて割るように。シャンパーニュ地方は上記のどの地方でもありませんが、使われる葡萄品種がピノ・ノワール、シャルドネ、ピノ・ムニエとブルゴーニュワインとかぶります。位置的にはブルゴーニュの北にあたりますが、シャブリなどを産する飛び地のヨンヌ県とはシャンパーニュ地方の南端、コート・デ・パール地区はほぼ緯度が同じと言えます。作る葡萄が一緒なので、普通のワインではブルゴーニュにかなわないとドン・ペリニヨン師が考案したのが発泡酒のシャンパーニュだったというのは有名な言い伝えです。  シャンパーニュは普通、上記の三種の葡萄を混醸して造られます。また、ベーシックなNV=ノンヴィンテージは味を均一に保つことでメゾンの特徴を伝えようという意図があります。ヴァリエーションとしては「ブリュット」=「辛口」といった糖度による違いがまず挙げられます。近年、いよいよ辛口がもてはやされる傾向がありますが、元来また通は甘口のシャンパーニュを好むものです。  また、混醸ではなく、黒葡萄のピノのみを用いた「ブラン・ド・ノワール(黒の白)」とシャルドネだけを用いた「ブラン・ド・ブラン(白の白)」といったヴァリエーションもあります。  今回紹介させていただくのは「ブラン・ド・ブラン」、シャルドネ100%のシャンパーニュです。造り手はジョゼ・ドント。シャルドネに適したコート・デ・ブランのオジェとコート・ド・セザンヌに合わせて5haの畑を所有し、1974年からルコルタン・マニピュラン(RM)として醸造まで行なうようになった家族経営のメゾン。伝統的な製法で丁寧に造られた少量生産のブラン・ド・ブランは酸が決め手ながらデリケートで心地良い余韻のある逸品です。この機会に是非お試しあれ。  では、次回から早速グランヴァンの紹介を始めることにいたしましょう。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『銀座の仕立屋落語会・わん丈クロークルーム』開催のお知らせ

『銀座の仕立屋落語会・わん丈クロークルーム』開催のお知らせ

 新年一発目、1月15日の銀座の仕立屋落語会は三遊亭わん丈さんの登場です。記憶に新しいのは11月に放送された落語のM1とも言われる「令和4年度NHK新人落語大賞」、素晴らしい落語を披露されましたが惜しくも準優勝となりました。  敢えての古典で、正統派で挑んだその姿勢、その心意気にはグッとくるものがありました。令和5年度は待ちに待った優勝で飾ってくれるはず、そんなわん丈さんを確りと追いかけられる「銀座の仕立屋落語会」、皆さんどしどしご参加ください。 第九回 『銀座の仕立屋落語会・わん丈クロークルーム』 日時:1月15日、日曜日 12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:三遊亭わん丈 司会 プロデュース:山本益博 会費:3,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで (落語会の受付はメールのみ)

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『美食通信』 第二十四回 「フランスの郷土料理」

『美食通信』 第二十四回 「フランスの郷土料理」

 先日、神泉の「ビストロ・パルタジェ」に出かけると黒板に書かれている料理の最初に「ブルゴーニュ郷土料理三種盛」とあるではありませんか。「郷土料理」という表現にまず惹かれました。とりわけ「郷土」という言葉に。フランス語ではcuisines régionales。régionalとは「地方」という意味ですから「地方料理」でよいのですが日本では「郷土料理」という言い方があり、それがフランスにもあてはめられブルゴーニュ地方の料理が「ブルゴーニュ郷土料理」と語られると何か急にノスタルジックな雰囲気が。フランス料理はいわば「郷土料理」を洗練されたものにしただけでそれとは別の「都会料理」があるわけではありません。というのも、中央集権的なフランスではパリ以外はすべて地方だからです。パルタジェの野本シェフが得意とする「シャルキュトリー」もブルゴーニュの「郷土料理」の一つ。ですのであえて「ブルゴーニュ郷土料理」と書かれるとさて何が出るのかなあ、と。  気になる三種の内容は「ウフ・アン・ムレット(ポーチドエッグの赤ワインソース)」、「ジャンボン・ペルシエ(ハムとパセリのテリーヌ)」、そしてブルゴーニュを代表するフロマージュの一つ「エポワス」でした。「エポワス」はブルゴーニュの滓取りブランデー「マール」と塩水で表皮を洗って熟成させるいわゆる「ウオッシュ」タイプのチーズで独特の風味があります。  実はブルゴーニュの「郷土料理」はワインと深い結びつきがあります。シャブリなどのある飛び地のヨンヌ県を別にするとブルゴーニュワインは北は「ディジョン」、南は「リヨン」とその郷土料理を代表する都市の間に産地が広がっているのです。そして、上記のエポワスを除いた二つの料理はブルゴーニュ公国の首都だったディジョンの料理と言えるのです。さらにディジョンと言えば、ムータール=マスタードと市長を務めたキール氏が考案したカシスのリキュール(クレーム・ド・カシス)を白ワインで割った食前酒「キール」が有名。      一方、リヨンはシャルキュトリー、即ち食肉加工品の名産地として知られています。またリヨンは美食の街としても知られており、「ブション」と呼ばれる伝統の気軽な居酒屋でワインと共に名物の「アンドゥイエット(仔牛肉腸間膜の腸詰のロースト)」や「ブーダン・ノワール(豚血のソーセージ)」などを楽しむことが出来ます。また、ポール・ボキューズなどリヨン近郊にメゾンを構える三つ星レストランが多くあります。筆者がリヨン料理で好物なのが「クネル・ド・ブロシェ(川カマスのクネル)」。肉だけでなく、川魚も加工してハンペンのような食感に。ブロシェを使うのがリヨン風なのですが、昨今は「クネル」そのものを見かけなくなりました。先日、神保町の「ビストロ・アマノ」で「魚のクネル 甲殻類のソース」をメニュに見つけた際には狂喜乱舞しました。素朴なクネルに濃厚なアメリケーヌソースが合うこと合うこと。  リヨンはブルゴーニュワインの南端。そして、さらに南下するとローヌワインの産地へと連なって行きます。ですので、リヨンに近いのはブルゴーニュでも赤であれば、ピノ・ノワールではなく、ガメイで造られるボジョレーなのです。ボジョレーを世界に広めたジョルジュ・デュブッフがボキューズと親友だったことは有名です。筆者が訪れたのは毎年のボジョレー・ヌーヴォー解禁日から間もなくでしたので、この三種盛をボジョレーと合わせても乙という訳です。ただ、この世界情勢の中ワイン価格も高騰し、ボジョレー・ヌーヴォーも前年の倍近くに値上がりしてしまったようです。野本シェフもグラスでの提供の仕方に迷われたそうでこれまで使っていたものを値上げするのも何なので、グレイドの高いヌーヴォーに代え価格をそれなりに上げたそうです。それは日本人の仲田晃司氏が営まれる「ルー・デュモン」でした。ただ、それでも利益率は下がってしまったようです。  筆者は「ウフ・アン・ムレット」が好物で野本シェフの作られる濃厚なソースのそれは絶品でお代わりしたこともあります。しかし、つい先日、元代々木町「シャントレル」で食した中田シェフが作られた「アンディーヴのブレゼ」がムレットと同じ赤ワインソースでこれまた感動しました。アンディーヴと言えばベルギー産が有名で、フランスでもベルギーに近い北部のノール・パ・ド・カレーやピカルディー地方でもアンディーヴが名産で「アンディーヴのグラタン」という郷土料理があります。蒸し煮(ブレゼ)したアンディーヴにベシャメルソースとチーズ、あるいはそれらを一体化させたモルネーソースをかけて焼いたもの。かつて、渋谷文化村のカフェ・ドゥマゴが顧客はワイン持ち込み無料ということで足繁く通ってボルドーワインを勉強していた頃、冬になるとこの「アンディーヴのグラタン」が出て、ハムが入っていてベシャメルとチーズとの相性がさらに良く、訪れると必ず注文していたのを思い出します。当時のドゥマゴはパリのカフェ料理を彷彿とさせる本格的なサーヴィスで、秋になるとキノコのバター炒めを目の前でゲリドンサーヴィスで作ってくれたものでした。もちろん、「ステック・タルタル」もメニュにあり、目の前で薬味の分量などを指示しながら自分好みの味に仕上げてもらうことが出来ました。  最初に申し上げましたようにフランスという国はパリ以外は皆田舎、即ち「郷土」ですので「郷土料理」のオンパレードです。ビストロなどで必ず見かける「カスレ」はカスレという専用鍋で作る白いんげん豆と肉類の煮込み料理なのですが南仏のラングドック地方の名物料理です。しかも、その土地その土地で微妙な違いがあり、豚肉を中心とした「カステルノダリ風」をベースに、そこにさらに羊肉や冬場には山ウズラなどを加えた「カルカッソンヌ風」、鵞鳥肉をメインにした「トゥールーズ風」が「三大カスレ」と言われています。  こうしたフランスの郷土料理を概観するのに最適なのは絶版になってしまったのですが、並木麻輝子『フランスの郷土料理』(2003年、小学館)です。地方ごとにそれぞれの料理が写真付きで解説されています。150頁ほどの薄い旅行本のムックシリーズの一冊ですが街の写真や歴史も掲載されていて充実した内容です。あと、当時の郷土料理を楽しめるレストランガイドも付されていて、日本だけではなくフランス本国のお店も紹介されています。もちろん、ほとんどの店はすでになくなっていますが菊池シェフの「ル・ブルギニョン」のような今も健在のレストランも散見され興味深いものがあります。朴訥として見た目はあまり美味しそうに見えない写真ばかりですがこれぞ「郷土料理」といった趣でついつい食べてみたくなってしまいます。  これからの冬、暖かい郷土料理と美味しいワイン、そしてその地方地方のフロマージュがあれば、なんて幸せなことでしょう。もちろん、デセールも地方ごとに名物がありますのでお忘れなく。 今月のお薦めワイン  「イタリアの島のワイン シチリア」 「ネロ・ダーヴォラ 2020年 IGT テッレ・シチリアーネ イッポリート」 2500円 (税別)    このクール最終回はイタリアの島のワインとしてシチリア島のワインを紹介させていただきます。シチリア島といえば、映画『ゴッドファーザー』に登場するマフィアの起源となった土地。「小さな大陸」と言われる独自の文化の発展した場所でもあります。食文化もシチリア料理は日本でも有名専門店があるほど。ワインはイタリア国内でも一、二を争う生産量を誇っていますが、これまでは「安くてそこそこ美味しいワイン」というイメージがありました。原産地呼称ワイン(DOCG、DOC)より地域特性ワイン(IGT)の方がまだまだ主流ですが、徐々に原産地呼称ワインに力を入れるようになっています。  その原動力の一つとなったのがマルサラ酒(DOC)の復興です。マルサラ酒はシェリー(スペイン)、ポート、マディラ(共にポルトガル)と並ぶ世界四大酒精強化ワインの一つであり、上質のマルサラ酒が普及することでシチリアワインも高級化への道を辿ることになりました。  スティルワインは赤が主流でネロ・ダーヴォラ種を中心にワインが造られています。別の名をカラブレーゼというイタリア本土のカラブリア地方原産のネロ・ダーヴォラはブレンドしても良し(唯一のDOCG、チェラスオーロ・ディ・ヴィットーリアは30%以上のフラッパート種との混醸)、単品(ヴァラエタルワイン)でも良しとボディの厚みと熟成に向くことで上質のワインが期待できます。  今回ご紹介するのはシチリア島西部のサラパルータという村で四世代にわたりワイン造りを行なっているイッポリートファミリーの手になるネロ・ダーヴォラ。IGTですが、近年サラパルータもDOGに昇格したとのこと。樽は用いずステンレスタンクでの熟成によるキュヴェ。果実の持ち味をストレートに楽しめる造りになっています。南のスパイシーで果実味豊かな味わいのワインを是非お楽しみ下さい。 今年一年のクールはフランス、イタリアの主要な地方のワインを紹介させていただきました。来期は再びフランス、イタリアのグランヴァンの産地、ボルドー、ブルゴーニュ、トスカーナ、ピエモンテのワインを紹介させていただく所存です。引き続きご愛読よろしくお願い申し上げます。   ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』開催のお知らせ

 本年の最後を飾る第八回『銀座の仕立屋落語会』は八月依頼三度目の登場となる林家たま平さん。 流石の人気者、ドラマの撮影でお忙しいとのことで一月後ろ倒しの出番になりました。 前回二席は「たがや」と「妾馬」。古典中の古典を真っ黒な肌で汗いっぱいになりながらご披露いただきました。今回も直球勝負で行かれるか、注目です。お初の演目、着物畳み方講座も楽しい一幕でしたね。  そしてもちろん毎度毎度熱を帯びていく益博さんの前座噺。11月は「志ん朝、談志の文七元結」。落語初心者の我々も少しづつ落語に対する解像度が上がっていく。そんなとってもタメになる他では聞けない貴重なお話を聞くことができるもの『銀座の仕立屋落語会』ならではです。  いやー、今年も色々ありました、もう12月なんて信じられませんよね、僕は信じられません。とりあえず師走の忙しさも今年あった嫌なこともひとつ笑って忘れときましょう。そうそう大人はやっぱりお洒落して、シャレの一つも効かせてくってことで銀座で落語でもご一緒にどうです? 第八回 『銀座の仕立屋落語会・たま平クロークルーム』 日時:12月11 日曜日 12時45分開場 13時開演 終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:林家たま平 https://www.instagram.com/tamahei.hayashiya/ 司会 プロデュース:山本益博 会費:3,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで (落語会の受付はメールのみ)

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『美食通信』 第二十三回 「選択することの楽しみ」

『美食通信』 第二十三回 「選択することの楽しみ」

 テレビ東京で『孤独のグルメSeason10』がスタートしました。松重豊氏扮する井之頭五郎が仕事先で決まって空腹になり、付近で店探しにいそしむというお決まりのパターン。筆者は元々外食が好きではなく、しかもとりわけ一人で外食するのが苦手で、食するならワインが飲め出来ればフレンチというのが常ですので、下戸で大食漢、まさに孤独にグルメを探求する井之頭五郎とは対極にある人間です。それでも必ず見てしまうのは筆者自身が決して食さない美食の数々への憧れからでありましょう。筆者が井之頭五郎を単なる「グルメ」ではなく「美食家」と考える理由は何が食べたいかを真剣に追及しているからです。店探しもそうですが、何といっても店を決めてからメニュから何を選ぶかで思案するところが筆者にはクライマックスに思われます。ほとんどが初めて訪れる店ですので常連と思われる客など周囲の客の注文を気にしつつも決して同調することなく、「つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる」。そして、数あるメニュの中からこれという料理を選択するのです。 まさに一期一会の真剣勝負。  実は同じテレビ東京ではこの料理を選択することに特化したグルメ番組が今年放映されたのです。それは一月から四月まで毎週十二回限定で放送された『黄金の定食』です。お笑い芸人「シソンヌ」の長谷川忍氏とジャニーズの人気アイドルグループ「なにわ男子」のリーダー大橋和也君が定食屋に赴き、プロデューサーによる事前リサーチや常連さんの押しのメニュなど情報をもとにファーストインプレッションから最終決定までの変遷を追うという内容の番組でこれぞ筆者の見たかったことで、大いに悩みつつ究極の選択を行なう。たかが定食されど定食。まさに「選ぶことの喜怒哀楽」が画面一杯に映し出されるのは筆者の考える「美食」の原点ともいえる光景です。  筆者の敬愛する哲学者カント(1724~1804)はその批判哲学で「美」に関する人間の能力を「判断力」とし、『判断力批判』を著しています。「美」の認識は数学の真理のように演繹的に理性から導出されるものではなく、経験を重ね洗練された審美眼で主観的に「判断」されるものであり、その際重要なのは「構想力=想像力」である、と。  筆者が昨今のフレンチに大いに不満を覚えるのは、高級店に限って「お任せコース」などという筆者からすれば「押し売り」にしか思われない客に選択の余地を与えない料理を提供することが当たり前のようになっていることです。しかも、ワインまでペアリングと来た日には客には何の選択の「自由」もない。これでは「グルメ」どころではないのではないでしょうか。高い金を払って、すべての客が同じ料理とワインを飲んでいる。給食じゃああるまいし、披露宴か何かの宴席でもあるまいし。その光景を俯瞰したらさぞかしおぞましいと思えないのはまさに想像力の欠如より他の何ものでもありません。  実際、筆者がパリに出かけていた四半世紀前はもとより、比較的最近までミシュランの星を取るようなグランメゾンではアラカルトが当たり前でした。十何皿も料理がだらだら出されるお任せコースが登場するのは「エル・ブジ」あたりから、パリでは「アストランス」からではないかと思われます。それまではメニュのオードブル、メイン、デセールの項から各自「アン・ドゥ・トロワ」の三皿構成で料理を選ぶのが王道だったのです。  これは『黄金の定食』でどの定食にするか(メイン)、サイドメニュは何にするか(オードブル)。そして、食後に近くの喫茶店で甘味を食しながら(デセール)その日のチョイスの反省をするというプロセスも実はまた同じ構造を有しているのです。店を決めた限り、消費者に残された「自由」は料理の選択の「自由」に他ならない。まさに「アラカルト」の世界は選択の「自由」を謳歌するためのものなのです。  アラカルトの場合、料理人は「アン・ドゥ・トロワ」それぞれ何種類かずつの料理を作らねばなりません。同じメインでも料理に出来不出来の差が出るのは当たり前。その差を埋める努力を怠る訳にはいきません。それに対し、「お任せコース」では自分の得意な料理だけ作っていれば良い。これは客が何を食べたいかを無視した料理人のエゴでしかない。しかも、苦手なものを作りませんから技術的にも本当に一流なのか怪しい。  ゴー=ミヨの創設者の一人、アンリ・ゴーが1986年に公刊し、1988年に邦訳が出された『フランスのレストラン ベスト50』(柴田書店)という本があります。アラカルト時代のレストラン評価の方法論として現在もその最高峰の一つと言えましょう。100点満点で採点するのですが、綿密な尺度が決められ、ランキングされています。第一位がロビュション、第二位がボキューズとヌーヴェル・キュイジーヌからの世代交代の時期に当たっていたことが窺われます。その他に「各店のベスト料理」。これはボキューズの「舌平目のフィレ、フェルナン・ポワン風」が第一位。「デザートのランキング」はロビュションが第一位。さらに「質のバラツキ」として各店の最高点料理と最低点料理との開きの少なさでは、ボワイエの「レ・クレイエール」が第一位。さらにお得感のある店のランキングもあります。これも結構複雑な計算式があり、ブラの「ルー・マズュク」が第一位を獲得しています。  このようにアラカルト時代のグランメゾンでは限られたメニュとはいえ、客たちは何を食べようかとアペリティフなど飲みながらメニュとにらめっこしつつ、同席者と喧々諤々議論したものです。お行儀が悪いとは知りつつも、同席者の料理を一口食べさせてもらって、そちらにすればよかったと後悔したり、自分の方が美味しいぞと優越感を抱いたりとこれもまた一興でした。それに比べ、お任せコースではアレルギーや苦手な食材でも事前に申告していない限り、別の料理が出てくることは皆無です。しかも、正直に申告すると別料理が出てくるのですが、何せ他は同じ皿なのに一つだけ作るので明らかに手抜きやいい加減なさして美味しくもないものを平気で出してくる店が少なくないことが分かり、筆者は申告するのをやめました。上記の苦手なものを作らない弊害だと確信した次第です。食べられないものは同席者に食べてもらうか残すことにしています。  まあ、昔と違ってグランメゾンとは縁のない生活をしている貧乏大学講師ですので、最近はもっぱら黒板に料理の書いてあるビストロで慎ましやかな「美食」を楽しんでおります。『孤独のグルメ』や『黄金の定食』に共感するのもフランス料理版「定食屋」が「ビストロ」だからでしょうか。今や、ビストロの方がアラカルトで注文でき、ビストロノミー=ビストロ・ガストロと呼ばれるグランメゾンの流儀をビストロ感覚で楽しめる店が増えていますので筆者の求める「美食」に相応しいのかもしれません。メニュに並んだ料理の中から、何食べようかなあと悩みつつ、これとこれ、と料理を選び一連の流れを構成する「喜び」。そしてそれはワインに関してもまったく同様なのです。  The Cloakroomを訪れ、エレベーターの扉が開いた際、目の前に広がる素敵なスーツたちから目移りしながらも、どれが一番似合うだろう、どれが自分の好みかなと品定めしていくように、どうして自分の食べたい、飲みたいものくらい自分で選べないのか。「つかの間の自由」を取り戻すべきなのです。 今月のお薦めワイン  「フランスの島のワイン コルス」 「アペラチア キュヴェ・トラディション・ルージュ 2019年 AOP アジャクシオドメーヌ・ア・ペラチア」 3500円(税別)  今年のクール最後はフランスとイタリアの島のワインを紹介させていただきます。まず、フランスは地中海に浮かぶコルシカ島のワインを。フランス語ではコルスと言い、ナポレオンの生地として知られています。  地中海にある島ですので赤ワインが中心になります。グルナッシュ、サンソー、カリニャンといった南仏の葡萄品種が持ち込まれ多く栽培されていますが、コルシカ島ならではの葡萄品種としてまず挙げられるのは、パトリモニオで造られているニエルッキオ種でしょう。しかし、この葡萄はイタリアワインのキャンティを造るサンジョヴェーゼ種と同種と判明しています。おそらくは十八世紀後半までこの島を支配していたジェノヴァ人によってイタリア本土から持ち込まれたものと推定されています。  そして、もう一種類シャカレッロ種が挙げられます。こちらはナポレオンの生地アジャクシオを名乗るアペラシオンで造られています。ジャンシス・ロビンソンによれば、ローマ人によって移植されたに違いないが未だに品種が特定されていないとのこと。「必ずしも色調は濃くないが深い味わいの赤ワイン」を産すると書かれています。  今回ご紹介するのはシャカレッロ種100%で造られたワインで造り手はアジャクシオから車で十分ほどのペリ村にあるドメーヌ・ア・ペラチアのもの。現当主、ローラン・コスタ氏がドメーヌを継いだのは2008年。元々、栽培に農薬を用いていなかったそうでエコセール認証を取得しています。基本は地元消費でシャカレッロ種主体のフルーティで飲みやすいキュヴェを販売しているそうです。しかし、これは輸出に適さないということで、アルコール度数を髙めに仕上げることで輸送に耐えられるキュヴェも少量造っているとのこと。現在、日本にのみ輸出しており、フランス本土でも扱われていないそうです。  赤は二種類あるのですが、樽がけせず、コンクリートタンクで熟成させたトラディションの方を紹介させていただきます。明るいワインを造るよう努力しているというコスタ氏。シャカレッロ種の特性を生かしたワイン造りだけによりこの葡萄品種の魅力がストレートに伝わってくるかと思います。稀少なワインでもありますのでこの機会に是非、お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ

『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ

   早くも第七回を迎える『銀座の仕立て屋落語会』、3度目の出番となる春風亭与いちさんの登場です。  9月の会でご披露いただいたのは「つる」「舟徳」の二席。今回はどんなお噺をご披露されるのか、楽しみにお待ちください。  そして落語好きにはたまらない山本益博さんの前座噺。50年もの間に数えきれないほどの名人芸を目撃してきた益博さんにしかできないとっておき、正真正銘の「秘話」を聞かせて頂きます。 「志ん朝」「談志」ときて次回も「談志」とのこと、これは聞き逃せません。  さてさて、最近もやっぱり色々ありますが、大人はやっぱりお洒落して、シャレの一つも効かせてくってことで銀座で落語でもご一緒にどうです。 第七回 『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』 日時:11月6日(日曜日)12時45分開場13時開演、終演14時30分ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:春風亭与いち https://yoichi-shumputei.com/ 司会 プロデュース:山本益博 会費:3,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで (落語会の受付はメールのみ)

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『美食通信』 第二十二回 「おばあさんのカレーパン」

『美食通信』 第二十二回 「おばあさんのカレーパン」

 ここ数年、毎年一度は亡き両親の実家のある静岡市を訪れています。筆者は父の仕事の関係で静岡に住んだことがなく、それだけに静岡にある種の憧れがあるのだと思います。実家に祖父母たちのお線香をあげに行った後、短い時間ですが今まで知らなかった静岡の街を散策するのはこの上ない喜びでもあります。ただ、いつも悩むのが何処に泊まるかです。駅前の有名ホテルチェーンの大型ホテル以外にはビジネスホテルのようなものしかなく、筆者の好みのデザイナーズホテルは皆無に近い。昨年は商店街のビルの空いた部屋を宿泊施設に改装した「ビル泊」に泊まりました。これはこれで面白く、窓から商店街を歩く人々を眺めたり、テラスに出ると周り一面ビルに囲まれていたりと普通のホテルライフにはない興味深い体験でした。今年は少し静かな場所に泊まりたく、駿府城公園近くの鷹匠町にあるレジデンスタイプのホテルに泊まりました。基本住宅地で学校などが多くある町です。ただ、近年隠れ家的レストランなど飲食店が増え、筆者の泊まったレジデンスと同じ通りにも蔦の絡まった趣ある建物のピザハウスがありました。  この手の建物に泊まる際の問題は朝食で、レストランが併設されていないからです。「ビル泊」の時は近くに朝早くから開いているコーヒーショップがあり、サンドイッチをテイクアウトして部屋のテラスで食しました。今回のレジデンスは近くにモーニングを出す喫茶店はなく、仕方ないのでパン屋を探すことにしました。パリでは出来立てのバケットで朝食を取るべく、パン屋は朝早くから店を開けています。検索してみると確かに二、三軒あるのですがたいがい九時開店で、その日鰻を食べようと十二時に清水の「芳川」に予約を入れてありましたのでもう少し早くから開いている店はないかなあ、と。すると「モンテローザ」という店が八時半開店と出てきました。ただ、画像を見ると動物の形をしたクッキーやお誕生日ケーキのものばかり。店の外観は完全な昭和レトロで赤いビニールのひさしには消えかけた「パン、洋菓子」の文字が。パン専門店ではなく、昔よくあった「ベーカリー」と言われたお店のようです。何だか大丈夫なのか不安になったのですが、同行者が「おばあさんの作るパン」という口コミを見つけて報告してくれたので、俄然食べてみたくなりました。  調べるとレジデンスのすぐ目と鼻の先で、ともかくも「モンテローザ」に行ってみようということに。翌朝二人とも早起きしてしまい、開店まで近くを散策することに。一時間くらいあったので、駿府城公園にも行ってみました。開店時間を見計らって「モンテローザ」に出向くとそこは筆者の母が通っていた女学校のすぐ脇でした。現在は共学になり、学校名も変ってしまっています。ただ、「モンテローザ」の向かいにある付属幼稚園は昔の「精華幼稚園」のままで、店の前でおばあさんがバスで到着したばかりの子供たちに「おはよう」と声をかけていました。あ、確かにおばあさんがいた。  「おはようございます」と狭い店内に入れてもらうと、「まだパンしかないけど」とおばあさん。お菓子はお父さんが作っているらしく、お菓子のショーケースは確かに空っぽ。肝心のパンはと言えば、十種類以上あったのですがどういう訳かどれも一、二個ずつしかないのです。開店したばかりだというのに。何処かに卸しているのか?訝しく思いながらも目の前にあるパンは小振りながらどれもとても美味しそう。同行者も若者ながら喫茶店を愛する風情の持ち主でこのパンに魅かれたよう。朝食は「モンテローザ」のパンに決定。  さて、どれにしようか。筆者の眼はソーセージドーナツに。長めのソーセージにくるくるとドーナツ生地を巻き付け揚げたもの。何とノスタルジック。しかも、一個しかないではありませんか。同行者にどれにすると尋ねると即座にソーセージドーナツを指さすではありませんか。何たることか。しかし、ここは年長者として大人げない行動はとれませんので、じゃあ、自分はカレーパンにしようと。定番ながらこれも二つしかない始末。もう一つか二つくらいはと思い、「何にする」と同行者に聞くとピザ風のパンに興味を示す。これも一点もの。おばあさんが「それはキノコのピザ、美味しいよ」と絶妙な合いの手を。同行者は「じゃあ、これにします」と一点ものが二種類即完売に。筆者は朝は甘いものを食べるのが日課なので甘いパンを。リンゴのコンポートとカスタードクリームののったパンがあったのでそれに決定。筆者はこれで充分ですが、若者はどうするのか。昼の鰻を考慮して、二個で充分とおっしゃるので「セ・フィニ(これでおしまい)」(パリでは食料品を買う時、これこれ頂戴というと、店員はそれらを用意して「セ・フィニ?」と確認するのでした)。会計してもらうと四個で600円ちょっと。ここは静岡とはいえ、価格にも昭和の名残が。おばあさんの「ありがとうね」という暖かい言葉に見送られて、朝のおつかいは終了。  部屋に戻り、リビングにて早速食する。何せ散歩で二人ともお腹がペコペコでしたので。同行者が美味しそうにソーセージドーナツを食べているのを横目にカレーパンに取りかかりました。凄い。小振りなのでカレーが少なかったらどうしようと思っていたら、ドーナツ生地が薄皮のようでカレーがたっぷり。しかも、作り立てなので揚げた香りが食欲をそそり、まだ暖かい。甘めのカレーがまた美味しい。いつの間にかスーパーやコンビニのパンに慣れてしまった自分を猛省しました。パリの朝のバケットではありませんが、小学校高学年、神戸の東灘に住んでいた頃、近所の神戸屋にパンの焼き上がる時間を見計らって、母と買物に出かけていたのを思い出しました。出来立ての太めのフランスパンにバターかマーガリンを塗って食べる。普通だけれど、何だか美味しい。リンゴとカスタードのパンはそう言った意味で普通に美味しい。でも、そんな普通の美味しいも今の自分の生活ではなかなか味わえないと思うと何だか寂しい気持ちになりました。  どんなに高価で美味なフランス料理を食そうとも、筆者がもう一度どうしても食べたいと思うのは母の作った料理のいくつかです。母が亡き今、それらはもう二度と食べられない。「おばあさんのカレーパン」もいつまで食べられるのだろう。来年も必ず静岡に出かけ、朝一番に「モンテローザ」に出かけようと誓う筆者でした。      今月のお薦めワイン  「フランスの白ワイン第三の産地 ロワール」 「バスタンガージュ・ブラン 2018年 AOP アンジュー ドメーヌ・デュ・クロ・ド・レリュ」 4600円(税別)   フランスの白ワインについてはすでにブルゴーニュとアルザスを紹介させていただきました。ブルゴーニュはシャルドネ、アルザスはリースリングなど複数の葡萄からワインを造っています。そして、フランスにはもう一つ代表的な白ワインの産地があります。そして、まずはこの三つだけ押さえれば大丈夫です。それは北西部大西洋に流れ出るロワール川の流域です。この地方の白ワインの特徴は河口から地域によって白ワインを造る葡萄が変化していくこと。一番河口近いナント付近ではミュスカデ種のワインが造られています。ミュスカデは地名で実はムロン・ド・ブルゴーニュというのが元々の葡萄の名前。ブルゴーニュに由来するこの葡萄はミュスカデでその本領を発揮し、その特産となったのです。  そこからもう少し上流に上ると今度はシュナン・ブラン種で造られる白ワインにお目にかかることになります。この地域はグロロ種で造られるアンジューのロゼやカベルネ・フランで造られる赤ワイン「シノン」など白ワイン以外にもロワールを代表するワインを産する地域です。そして、さらに上流へと向かうと「中央フランス(サントル)」と呼ばれる地域に至り、ここがロワールワインの東端となります。この地方ではソーヴィニヨン・ブランから白ワインを造っています。「プイィ・フュメ」、「サンセール」といった銘柄が有名で、故ディディエ・ダグノーの造ったプイィ・フュメ「シレックス」は「火打石」の名のごとく、その強烈なミネラル分で有名になりました。  ソーヴィニヨン・ブランはボルドーでもセミヨン種とブレンドして白ワインが造られています。そこで今回はロワールを代表する葡萄品種シュナン・ブランで造られたワインをご紹介したいと思います。シュナン・ブランからは甘口から辛口まで多彩なワインが造られています。その最高峰はニコラ・ジョリーの「サヴニエール」でしょう。今回ご紹介するワインはロゼで有名なアペラシオン「アンジュー」で造られている辛口の白ワインです。造り手はシュナン・ブランに惚れ込んで2008年にドメーヌを開設したトマとシャルロットのカルサン夫妻。現在20haを所有し、ビオディナミでワイン造りを行なっています。シトラス系の香りの他にバターなどのオイリーなフレーバーを感じるシュナン・ブランの特徴が良く出ているかと思います。また、ミネラルにも富みコクのある飲みごたえ充分な白ワインに仕上がっています。是非、お試し下さい。  

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『銀座の仕立屋落語会・わん丈クロークルーム』開催のお知らせ

『銀座の仕立屋落語会・わん丈クロークルーム』開催のお知らせ

 早くも2度目の登場、前回もウケにウケ、大きな笑いを巻き起こした三遊亭わん丈さんの登場です。  さてわん丈さん、男前で芸も達者、物販も好調と言うことなし。「落語家の着物たたみ方講座」も大好評だった前回、披露いただいたお噺は「ガマの油」「さじ加減」の二席。今回はどんなお噺をご披露いただけるのでしょうか。  進化を続ける『銀座の仕立屋落語会』、当会のプロデューサー山本益博さんの前座噺もパワーアップ。名人芸を長年目撃し続けてきた益博さんにしかできないとっておきのエピソードを聞かせてくれます。前回は「志ん朝の宿屋の富」という秘密のお噺。落語好きには堪りません。  さて、最近もやっぱり色々ありますが、大人はやっぱりお洒落して、シャレの一つも効かせてくってことで。 第六回 『銀座の仕立屋落語会・わん丈クロークルーム』 日時:10月2日(日曜日)12時45分開場13時開演、終演15時ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:三遊亭わん丈 司会 プロデュース:山本益博 会費:3,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで (落語会の受付はメールのみ)

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『美食通信』 第二十一回 「エスプレッソ・トニックよ、いずこに」

『美食通信』 第二十一回 「エスプレッソ・トニックよ、いずこに」

 筆者の珈琲好きにつきましてはすでに「フレンチスタイルの珈琲店」のお話で披露させていただきました。しかし、筆者には他にも好きな珈琲があります。それは「エスプレッソ」です。大学に入学してフランス料理を食べ歩き始めた際、食後に出されるエスプレッソに一口で魅了されました。  その語源は外に(ex)押し出す(press)こと。蒸気の力で一気にその成分を凝縮して抽出した濃厚なる液体。自らの心の内なるものを外に押し出すエクスプレッションは「表現」となり、その抽出の素早さはエクスプレス、列車の「特急」の意となる、想像力に富む名前の珈琲。  フランスやイタリアで「カフェ」と言えば、「エスプレッソ」のことを指します。私たちが日常飲んでいるような珈琲は「アメリカーノ」となります。そう、エスプレッソより薄い珈琲はすべてアメリカーノ。  パリを歩いていると喉が渇く。日本のように湿度が高くないからです。フランスで飲んだ同じワインを日本で飲んでもあまりおいしく感じないと多くの方がおっしゃります。リーファーで輸送されてきてもです。それはおそらく湿度の関係だと筆者は考えます。ヴァン・ド・ソワフ、渇きを癒すワインという言葉があるくらい。湿度の低い環境で飲むワインは喉をスムースに通っていくのではないでしょうか。  自動販売機のないパリで喉が渇いたら、街のあちこちにあるカフェに入ります。時間がなければカウンターでエスプレッソをクイッとひっかけ、時間に余裕があればテーブル席に座ってのんびり通りを行く人々を眺めるもよし。「ドゥミ」と呼ばれるグラスのビールを飲んでいる人も結構います。「オランジーナ」や「ジョケル」といったジュースの類はやはり子供っぽいので頼むのを躊躇います。やはり、エスプレッソを頼んでチビチビやるもよし、一気に飲み干し、あとはのんびりするもよし。この際、カウンターとテーブルでは同じ一杯のエスプレッソの料金は相当異なります。テーブルで過ごす時間の代金がかかるからです。スーパーで冷えたミネラルウォーターと常温のミネラルウォーターの価格が違うように。  日本にそんな店は滅多にありません。いや、ありました。とても素敵な店が。表参道、青山通り沿いの紀伊國屋スーパーの裏に「ソル・レヴァンテ」という本格派のイタリアンカフェがあったのです。滋賀の老舗和菓子店「たねや」がオーナーでメインはイタリア菓子の店でした。入り口を入って左側にカウンター、右側がお菓子のショーケース。その奥にカフェスペースがありました。料理も出していて、アンティパストにパスタ、ドルチェが複数出てメインとさえ言えるランチは予約できないのでいつも女性たちの行列が出来る人気店でした。ワインも揃えていたのにディナーはなし。さすが「たねや」の殿様商売と感心しきり。  特に見事だったのはカウンターでした。特大のエスプレッソマシーン。優秀なバリスタ。  近くのイタリアンで働く方々の憩いの場でした。筆者はそのエスプレッソの美味しさはもとより、バリスタとの会話、さらに彼らがイタリアから買ってくるグラッパがとにかく美味しくて、食事の前にグラッパをひっかけ、エスプレッソで〆てレストランに向かうようにしていました。何せ早く店じまいしてしまいますので。そして、エスプレッソの値段はカウンターで飲むと160円。奥のカフェで飲むと480円。三倍だったと記憶しています。これぞ、ヨーロッパ!ところがある日、あっさり閉店してしまいました。  閉店と聞き及び、バリスタ氏に何処に行けばこれからも美味しいエスプレッソが飲めるの、と尋ねると広尾の「イル・バール・ピエトレ・プレツィオーゼ」を薦められました。残念ながら広尾に行く機会があまりなく、女性シェフの大塚さんの「レギューム」に伺う時くらいなのですがある夏、その「レギューム」に出かける前、プレツィオーゼに寄ったのです。  すると入り口の看板に「エスプレッソ・トニック」がお薦めと。エスプレッソ歴四十年になろうという筆者、初めて聞く名前で早速頼んでみることに。その名の通り、エスプレッソをトニックウォーターで割ったもので、これが飲んでみると美味。エスプレッソの苦みにトニックウォーターの酸味と甘みが相まって複雑な味わいに。炭酸なので爽快感もあり、夏にはピッタリ。バリスタ氏に聞くと、自分は生のライムを絞って加えて出しているとのこと。だからかフレッシュな爽やさが心地よく、夏はエスプレッソ・トニックにしようと思った次第。  市販はされていないか調べたところ、二〇一〇年頃北欧のカフェに登場した新しい飲み物のようで、アサヒ飲料の「ワンダ」から「コニック」という商品名で売られていましたので早速購入してみました。市販品にしてはまずまずの出来でしたがやはり甘過ぎる。しかし、翌年にはもうなくなっていました。スタバでも限定で出したが人気がなかったようでリピートされなかったようです。それ以降、専門店でもなかなか見かけることがありませんでした。  ところが、旅先でエスプレッソ・トニックに遭遇することに。珈琲中毒の筆者は旅先でもまず珈琲専門店を探します。このご時世、何処でも美味しい珈琲店の一軒や二軒は必ず存在する。昨年九月、小学校四年生までの七年間を過ごした長野県上諏訪市に出かけた時のこと。「アンバード」というお洒落なコーヒーショップに立ち寄りました。小さな店ですが自家焙煎で若いご夫妻?が切り盛りされていました。メニュを見てビックリ。エスプレッソ・トニックがあるではありませんか。カウンターに様々な豆が並んでいるので失礼とは思いながら、エスプレッソ・トニックを注文。またこれが本格的でエスプレッソとトニックウォーターが別々に出てきて、自分で混ぜるというシステム。泡が結構出ますのでお気をつけてと言われたのにもかかわらず、大丈夫だろうと一気に注いだら案の定、昔懐かしい「もこもこアイス」のように急に泡が立ってグラスから溢れてしまいました。大失態。しかし、実に美味しいエスプレッソ・トニックでした。また、諏訪に行く機会があれば子供の頃のご馳走だった「うなぎの寝床 おび川」と「アンバード」だけはリピートして出かけたいと思っています。  そして、今年の五月、群馬県前橋市の「白井屋ホテル」に出かけた際にもエスプレッソ・トニックに出会ったのです。ホテルの敷地内にブルーボトルコーヒーがあったのですが別に前橋に来てまで飲むこともないと思い、近くを探すと「アーツ前橋」という美術館に併設された「ロブソンコーヒー」なる店を発見。美術館の一角ですのでこれまたなかなかお洒落なお店でした。調べると地元前橋の珈琲専門店で二〇一〇年創業とのこと。現在、前橋市内に三店舗を展開し、その中の一店でした。エスプレッソのヴァリエーションが充実していて、その中にエスプレッソ・トニックも。前橋でもお目にかかれるとは。ここはやはり、エスプレッソ・トニックを注文させていただきました。  なんだか旅先でしかお目にかかれない飲み物になってしまっていますが筆者はエスプレッソ・トニックのファンです。今年の九月は亡き両親の実家のある静岡市に出かけますのでまた何処かでエスプレッソ・トニックにお目にかかれることを願っております。     今月のお薦めワイン  「南イタリアを代表する葡萄品種  アリアニコ」 「アリアニコ・ムニフィコ 2018年 DOC サンニオ・アリアニコ ヴィニコラ・デル・サンニオ」 2800円(税別)  前回、南フランスの赤ワインをご紹介させていただきました。ですので、今回はそのイタリア版、南イタリアの赤ワインを紹介させていただきます。すでに、ピッツェリアやトラットリアなどでよく見かける気軽でポピュラーなモンテプルチアーノ・ダブルッツォが登場していますがアブルッツォ州はイタリア半島の長靴の真ん中辺りにあります。ですので、モンテプルチアーノ種の葡萄以外でさらに南、長靴の底の方で造られている赤ワインの中から代表的なものを選ぶことになります。  この際、イタリアワインは州ごとにワインを分類し、しかも複数の州で同じ葡萄品種のワインを造っていますのでどうしても葡萄品種で選ぶことになります。念頭に浮かぶのは、プーリア州のプリミティーヴォ、ネグロアマーロ、そして今回紹介させていただくカンパーニャ州、バジリカータ州で造られているアリアニコです。プリミティーヴォはアメリカを代表するジンファンデルの祖先でその起源はクロアチアと言われています。さらにネグロアマーロはモンテプルチアーノにどちらかというと近いので、ここではギリシアに起源を有し、ジャンシス・ロビンソンが「イタリアで最も優れたワインの一つになる可能性を秘めている」と評するアリアニコ種から造られるワインを紹介させていただこうと思います。  その特徴をバートン・アンダースンは「ネッビオーロと同様に力と洗練さをあわせ持つ堅固でタンニンに富む長命のワインを造る」と端的に解説しています。いわゆるフルボディで深みがあり、はっきりした酸と渋み、寝かせて飲むタイプのワインが出来ます。中でもナポリを州都とするカンパーニャ州の「タウラージ」はこのアリアニコの赤に特化し、DOCGを獲得するに至っています。  タウラージは5000円前後のものが主流ですので、今回は同じカンパーニャ州で比較的最近DOCを獲得した「サンニオ」で造られているアリアニコを紹介させていただきます。サンニオはタウラージよりは内陸に位置し、その地で五十年以上にわたりワイン造りを続けるヴィニコラ・デル・サンニオ社の製品です。「ムニフィコ」とは「豊かな、フルボディ」を意味するとのこと。その名の通り、タウラージほどの濃密さはないものの、深い赤、品格のある香り、しっかりしたタンニンと酸のバランスの良い味わいとアリアニコ種の魅力を楽しめること間違いなし。是非、一度お試しあれ。 ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ

『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』開催のお知らせ

 さぁお待ちかね、2回目の出番、春風亭与いちさんによる「銀座の仕立屋落語会」五回目の開催です。  前回披露いただいたのは「片棒」と「佐々木政談」。今回はどんなお噺をしていただけるのか楽しみなところです。 そして三遊亭わん丈さんから始まった「落語家によるお着物たたみ方講座」、今回の与いちさんではどんな展開になるのでしょうかこれもまた腕の見せ所。  今回ももちろんプロデューサーの山本益博さんが司会進行、趣向を凝らしてお届けします。  なんだか色々ありますが、シャレの一つも言えなくなったらお仕舞いよと、お洒落していきましょうってぇ話でございます。 皆様のお越しを心よりお待ち申し上げます。 第五回 『銀座の仕立屋落語会・与いちクロークルーム』 日時:9月11日(日曜日)12時45分開場13時開演、終演15時ごろ 場所:ザ・クロークルーム 出演:春風亭与いち 司会 プロデュース:山本益博 会費:3,500円(税込)現金のみ 申し込み、お問い合わせは info@thecloakroom.jp まで (落語会の受付はメールのみ)

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『美食通信』第二十回「歌舞伎町の夜は更けて―ホストクラブそして韓国料理―」

『美食通信』第二十回「歌舞伎町の夜は更けて―ホストクラブそして韓国料理―」

 繁華街が苦手。銀座、六本木、とりわけ歌舞伎町などと言ったら、何か闇の世界に引き込まれてしまいそうでまず一人では立ち入りません。筆者の贔屓にしているレストランをお考え下さい。いにしえの代官山のはずれの「ヴィスコンティ」に始まり、元代々木町の「シャントレル」、神泉の「ビストロ・パルタジェ」、大阪は谷町四丁目の「コション・ローズ」に北浜の「マキュア(旧ユニック)」と皆、喧騒から離れた隠れ家的な立地にあります。  思えば、初めてパリに出かけた際、何の土地勘もなく便利だろうと思って借りたレジデンスがシャンゼリゼ通りを北に一本入ったポンチュー通りだったのです。そこはリドなどのある歓楽街で古い建物をリノベした部屋は夜中もその賑わいの音が聞こえ続け、カーテンの隙間からはネオンの色とりどりの光が差し込むというそれは苦痛の日々でした。夜中、頻繁に鳴り響く救急車の音。当時、パリは銃はないと言われていましたが不安でまともに眠れなかったのをよく覚えています。これに懲りて、翌年からは左岸のサン=ジェルマン=デ=プレ裏、ジャコブ通りの「ラ・ヴィラ」に泊まることにしたくらいです。  しかも、今回歌舞伎町に出かけたのはホストクラブに伺うというなかなかヘビーなミッション。本『美食通信』主宰の島田さんが是非ホストクラブのスーツ事情をリサーチされたいとのことで同行させていただいた次第です。筆者、2018年に編著『イケメンホストを読み解く6つのキーワード』(鹿砦社新書)を出版したのが縁で、歌舞伎町を中心にホストクラブをはじめ多くの事業を展開しておられるスマッパグループ会長の手塚マキ氏と懇意にさせていただいております。また、毎年六月恒例の伊香保のワイン会に昨年から手塚さん、島田さんにも参加していただいています。で、先日の伊香保で最後まで起きていたのが筆者も含む三名でホストにおけるスーツの話になった訳です。  今年九周年を迎えた現在唯一のホスト月刊誌『ワイプラス』は当初、私服のホストを「ネオホス」、スーツのホストを「バトラー」と命名して対照的なスタイルを軸に展開していました。それがいつしか、スーツ系は消え、私服のスタイルがBTS系の「新宿男子」と黒系でちょっとダークな雰囲気の「裏宿」スタイルの二極に至っています。それでもスーツ着用のホストクラブは少数派とはいえ健在で、スマッパグループ七店舗のホストクラブのうち、全員がスーツを着用しているのは一店舗。その「スマッパ!ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン」に伺うことになったのです。  スマッパグループではホスト文化に気軽に触れていただけるよういくつかの「ツアー」が用意されています。その一つに「ワインツアー」があり、それを利用させていただきました。定額で所要時間は二時間ほど。都合がつけば、二店舗回ることもできるようです。初めて出かけられた島田さん、伊香保のメンバーでフードコーディネーターのタカハシユキさん、東京ウォーカー編集長を務められた加藤玲奈さんは楽しんでおられたようですが、以前按田餃子の按田優子さんたちと同じツアーを利用したことのある筆者は何回出かけてもどうも馴染めません。手塚会長が島田さんのところで作られたスーツを着てわざわざ挨拶に来て下さったので、筆者は手塚さんと話してばかりでした。  というのも、男性が客としてホストクラブに出かけるのに筆者はためらいがあるのです。やはり、女性客のための社交の場ですのでホストも男性客は扱いづらいと思うからです。では、筆者はホストの何に魅かれるのか。それはまず、個人的にはそのイケメンぶりとファッションです。しかし、セクシュアリティ研究者として興味があるのはその「ホモソーシャル的集団」に他なりません。例えば、キャバクラや銀座の高級クラブでもいい、ホステスさんのいるお店。従業員全員が女性だけの店ってありますでしょうか。支配人、ボーイ、いわゆる「内勤」に男性が必ずいるはずです。華やかなホステスさんを支える寡黙で頼りになる男性陣の存在は必須です。ところがホストクラブの従業員は裏方も含め全員男性。こうした男性だけの集団を「ホモソーシャル」と申します。「ホモソーシャル」と「ホモセクシュアル」との微妙な関係性はジェンダー研究の重要なテーマの一つ。若くして亡くなった女性研究者セジウィックの『男同士の絆』はその代表的著作です。  女性相手の接客業ながら、男だらけの日常。駆け出しのホストはマンションの一室で集団生活をしているわけで、ジャニーズ事務所の「合宿所」のようなものです。もうこれはボーイズラブ的な雰囲気にあふれているわけで、このよく言えば捻りのある複雑な、悪く言えばある種歪んだ関係性こそ筆者がホストに魅かれる理由です。ですので、女性に接客しているホストさんたちを眺めていても心ここに在らずという訳で。  まあそれはさておき、全員がスーツを着用されたお店はやはりきちんとされている。手塚さんがおっしゃっていましたが、テーブルにお酒や水などを運んで置くとき、跪いて目線を座っているお客様と同じにしてから置くといった所作を守っているのはこの店くらいだろう、と。ただし、スーツの着方には色々問題があるようで手塚さんはもとより島田さんのファッションチェックも女性陣は楽しんでおられたようでした。  あっという間の二時間は過ぎ、再び歌舞伎町の雑踏の中に連れ戻された四人。食事がまだでしたので軽く何処かでしようということに。手塚さんからは美味しいピザ屋があると教えていただいていたのですが、「千円でベロベロ=千ベロ」の本も作られた加藤さんから四川料理か韓国料理はどうとの提案が。店にあてがあるようです。筆者はすかさず韓国料理が良いと。すぐ裏手が新大久保なのでそちらへ移動するかと思いきやホストクラブからすぐのちょっと路地を入ったところにビニールテント張りのどう見ても韓国料理店があるではありませんか。歌舞伎町の闇に映える明るい店構え。ここは鍾路(チョンノ)かと錯覚したくらい。これだこれ、ホストクラブの後は韓国料理に限ると妙に納得した筆者。  「テンチョ」というその店は気のいい店長さんがこの日は一人で切り盛りされていて、客も韓国人ばかりで料理も本格的。セリのチヂミに感嘆し、「チュムルロク」という豚肉の甘辛ダレの鍋が最高。昔給食で脱脂粉乳を飲まされたアルマイトの器でマッコリを飲むのも何とも乙ではありませんか。  こちらもあっという間に帰る時間となり、筆者一人だけ別の駅に向かうので急に不安に。島田さんに道を調べてもらい、一刻も早くこの街を抜け出さないと、と一目散に歩く歩く。目印の公園が見えてきたときはちょっとホッとしましたがまだここは歌舞伎町。もう一息と歩みを早め、西武線の駅入り口が見えた時、ようやく安堵の気持ちが。  毎日が「祭」の歌舞伎町で働く人々のパワーに圧倒された夜でした。島田さん、ご招待いただきありがとうございました。   今月のお薦めワイン  「フランス最大のワイン産地 ラングドック=ルーション」 「フォジェール 2016年 AOP フォジェール カルメル・エ・ジョセフ」 2500円(税別)    ブルゴーニュ、ローヌとローヌ河を下って行くと地中海に出ます。南仏のワイン、とりわけローヌ河の西側に広がるラングドック地方は「オック語」という意味で隣接するルーション地方と共にラングドック・ルーションのワインとして知られています。 さて、「オック」という言葉に聞き覚えるのある方も多いかと思います。ラングドック・ルーションはフランスワイン全体の40%近くを生産するも、アペラシオンを名乗るワインは少なく、一ランク下の以前ヴァン・ド・ペイ(地酒)と呼ばれていたワインの生産量がフランス全体の80%を占めるという一大デイリーワインの産地なのです。そして、その代表格が「ヴァン・ド・ペイ・オック」でした。  オレンジ色のエチケットにフクロウのマークが印象的な「ミティーク」、ボルドーに匹敵する高品質のワインを生産するドマ・ガサックの造るデイリーワイン「テラス・ド・ギレム(現、ムーラン・ド・ガサック)」は日本でもお馴染みのカリテプリな日常使いのワインですが皆、ラングドック・ルーションのものです。  そのようなラングドック・ルーションはまた、フランスにおける葡萄品種別のワイン=ヴァラエタルワインの一大産地でもあり、あらゆる葡萄品種が栽培されています。しかし、本来はグルナッシュ、カリニャンと言った葡萄の産地であり、アペラシオンを名乗るワインはこれらの地品種を用いて造られています。  今回紹介させていただくフォジェールはラングドックを代表するアペラシオンの一つです。上記の地品種を50%以上使用すること。とりわけ、カリニャンの10~40%の使用が義務付けられています。造り手のカルメル・エ・ジョセフは1995年設立のメゾン。カルカッソンヌ近くのモンティユ村にあるラングドック・ルーションに特化したネゴシアンです。  このフォジェールのセパージュはシラー50%、グルナッシュ30%、カリニャン20%。以前紹介させていただいたコート・デュ・ローヌとはカリニャンの有無に違いがあります。両者を比較することで、果実味をより生かしつつ独特のスパイシーさが魅力で、ローヌとは異なった凝集性よりは広がりを持った南仏のワインのある種のおおらかさを堪能することが出来るかと思われます。これを機に地酒クラスばかりではなく、ラングドック・ルーションの様々なアペラシオンワインも是非お楽しみいただければ幸いです。  ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 略歴関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。関修FACE BOOOK関修公式HP

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