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『美食通信』 第二十八回 「紅茶とクッキー 追悼ルネ・シェレール」

 筆者がパリでの海外研究の際、お世話になったパリ第八大学名誉教授のルネ・シェレール氏が21日に亡くなりました。百歳でした。代理人からのメールによれば、短い入院の後亡くなったとありましたので、直前までお元気だったと思われます。19221125日生まれ、筆者と誕生日が二日違いで星座も同じ。もう、三十年近く前になりますが今も鮮明に思い出します。それから毎年、少なくとも年末年始のご挨拶にクリスマスカードを出していたのですが、ずっと自筆のカードのお返事をいただいていました。一昨年、お返事がなかったので昨年末はカードを出すのを控えてしまいました。今思えば、百歳のお祝いでもありましたし、出しておけば良かったと悔いています。

 シェレール先生の二歳年長の兄上はヌーヴェルヴァーグの映画監督として有名なエリック・ロメール(本名、モーリス・シェレール)。先生は1969年のパリ第八大学創設時からの生き証人的存在で、近年までセミネールを大学で行っていました。その模様はYoutubeで配信されています。ミシェル・フーコー、ジル・ドゥルーズといったフランス現代思想の巨人たちと親しい友人でした。フーコーとの関係については「シェレールとフーコー」という拙論を綾部・池田編『クィアと法』(日本評論社、2019年)に執筆しています。

 筆者が東洋大学で助手をしながら、シェレール先生からインヴィテーションをいただき休みの時に大学の海外研究費でパリに出かけていたのは1994年から1996年のこと。まさに遊学といった体で、最初の年こそ一人で出かけましたので真面目に大学に通いましたが、その後は昼夜フランス料理を食べ歩き、今の美食探求の礎となる経験の一つとなっています。

 シェレール先生と会食したのはランチを二回。というのも、最初先生にお会いした際、「私は午後五時以降、家にいないので電話しないように」と言われたのです。当時はSNSの類はまったく存在せず、郵便以外の通信手段は電話かFaxだけでした。ですので、原稿も日本ではワープロがありましたが、パリでは自筆かタイプライターという時代でした。

 最初の会食は1995年、パリ八区ジョルジュサンク通りにあったホテル「プランス・ド・ギャル」のメインダイニング「ジャルダン・デ・シーニュ」で。その時の模様は「白鳥たちの庭」という拙稿にまとめ、まず心理学雑誌『イマーゴ』(青土社)に掲載され、その後拙著『美男論序説』(夏目書房、1996年)に所収されています。この時の記憶は何といっても初めてクリュッグを飲んだこと。お世話になったお礼にとドンペリを頼もうと思ったら、ソムリエ氏がその値段出すならもう少し奮発してクリュッグにした方が良いとアドヴァイス下さり、クリュッグに。温度も冷やし過ぎてはいけないと気持ち高めの温度でいただきました。シャンパーニュの奥深さに触れた気がしたものです。この時のワインはサン=ジュリアンの第二級レオヴィル=バルトンの1978年。実に美味しかった。

 シェレール先生はお酒をほとんど召し上がらず、その代わりミネラルウォーターにはこだわりがあり、サンペリグリーノをいつもご所望でした。パリのカフェやレストランで「ガズーズ(発泡性のミネラルウォーター)」といえば、大体が「ペリエ」というのが定番で、日常使いが「バドワ」。そんな中、イタリア産の「サンペリグリーノ」を何処へ行っても頼もうとするシェレール先生が何ともお茶目というか愛おしく思えました。筆者もそれ以来、サンペリグリーノの愛飲者です。さすがに沸かして飲むには向きませんのでその際、筆者は「パンナ」を使っています。ワインはフランスオンリーですが、ミネラルウォーターはイタリアと相性が良いようで。

 もう一回は翌1996年、先生のお宅の近くパリ13区の「アナクレオン」で。この時は写真を撮っていて、先生が筆者と肩を組んで二人で撮った写真は今も宝物です。現在まで世界唯一のシェレール先生の思想の入門・研究書、マキシム・フェルステル氏の『欲望の思考』の拙訳を2009年富士書店から出版した際、その写真を掲載しました。献本をパリに送ると先生から「何故、私はキャップを被っていたのだろう」と連絡があったのを懐かしく思います。当時、筆者はパリにはお気に入りのアニエスbの革ジャンと革パンで出かけていて、写真におさまっています。夜の星付きレストランでのディナーにはゴルチエのダブルのスーツにカール・ヘルムの蝶ネクタイで出かけていました。蝶ネクタイは精神分析家のジャック・ラカンを意識していたのだと思います。

 しかし、何より先生との食に関する思い出といえば、トルビアック通りにある先生のお宅に伺った際の「紅茶とクッキー」でしょう。アパルトマンの結構上の階にお住まいで、エレベーターで上がり、目的の階に着き扉が開くと、すぐ目の前に先生の部屋があったように記憶しています。数回は伺ったでしょうか。そして毎回、紅茶とクッキーが出るのです。紅茶は決まってマレに本店のある「マリアージュ・フレール」で、自慢げに毎回「マリアージュ・フレールなんだよ」とおっしゃっていました。普通の紅茶ではなく、烏龍茶のような独特の味わいの紅茶でした。縁のちょっと欠けた茶碗で出されるので最初は驚きました。一方、クッキーの方はこだわりがないようでスーパーか何かで買ってきたような紙製の箱や包みに入ったものを広げて出されるのです。そして、事ある毎に「お茶を飲みなさい」、「クッキーを食べなさい」を繰り返されるのです。ですので、筆者にとって、シェレール先生のお宅に伺った際の記憶は勧められるがままに紅茶を飲み、クッキーをいただいたことに終始するといっても過言ではありません。

 しかし、もちろん、その間には実に様々なお話をさせていただきました。学問上のことはもちろんですが、この後ディナーに出かけると告げると、先生は「そう言えば、友人のジャン=ポール・アロンは随分と美食家だったなあ」と思い出を語って下さりました。ジャン=ポール・アロンは歴史家ですが美食家としても有名で、拙訳の『ピュドロさん、美食批評家は何の役に立つんですか?』(新泉社、2019年)でピュロドフスキも一目置く美食家として言及しています。また、ちょっとお洒落して行った際は、ファッションの話になり、先生は「それはフーリエがすでに論じているよ」とおっしゃり、「ちょっと待っていなさい」と書斎に行かれ、専門であられるフーリエの著作集を探されてきて、「ここだ、ここだ」と嬉しそうに該当箇所を示して教えて下さったものです。そして、話が一段落すると「お茶を飲みなさい」、「クッキーを食べなさい」とご親切に勧めて下さるのでした。

 パリで過ごした時間は本当に短いものでしたが、レストランでの食事とシェレール先生との思い出に尽きると言っても良いでしょう。シェレール先生には本当に感謝しています。先生、ありがとうございました。心よりご冥福をお祈りします。 

 

今月のお薦めワイン  「ボルドーの正統 メドック」

「シャトー・デュ・テルトル 2018年 AC マルゴー 第五級」9300円(税別)

 フランスとイタリアそれぞれのワインの「王様」を訪ねた後は再びフランスに戻って、ワインの「女王様」にお目にかかることにしましょう。それがボルドーワインです。王様ブルゴーニュワインとの大きな違いは葡萄の用い方。ブルゴーニュがピノ・ノワール単品種でワインを造るのに対し、ボルドーは複数の葡萄をブレンドしてワインを造ります。そして、その際、主たる葡萄品種の違いによってさらに二つのタイプに分類できるのです。それは主たる葡萄品種がカベルネ・ソーヴィニヨンの地形的にジロンド河「左岸」の「メドック・グラーヴ」とメルロ主体のジロンド河「右岸」の「リブールヌ」のワインになります。

 その中でもメドックのワインは1855年の格付けが現在も通用し、第一級に格付けされた「五大シャトー」はボルドーワインの顔といっても過言ではありません。今回はメドックのワインを紹介させていただきます。

 格付けされたワインはすべてメドックの中でも北にある河口の上流域、即ち高い(オー)場所にある「オー=メドック」のワインから成り立っています。メドック下流域のワインは「ACメドック」を名乗り、上流域のワインは単独に名前を名乗れる村とそれ以外の村に分かれ、それ以外の村々は「ACオー=メドック」を名乗ることになります。格付けされたシャトーで「オー=メドック」を名乗るシャトーも五つ存在しますが、大多数は村名を名乗るシャトーということになります。

 それらの村が上流から「マルゴー」、「サン=ジュリアン」、「ポイヤック」、「サン=テステフ」です。ただし、「マルゴー」だけは例外でマルゴー村以外のカントナック村、ラバルド村、スーサン村、アルサック村のワインも「マルゴー」というアペラシオンを名乗ることが出来ます。

 また、「リストラック」と「ムーリス」は村名を名乗ることが出来ますが格付けシャトーは存在しません。その分、手頃な価格で良質のメドックワインが楽しめるアペラシオンと言えましょう。

 今回は「ACマルゴー」の第五級「シャトー・デュ・テルトル」2018年を選んでみました。マルゴーのワインは上記のように複数の村がそう名乗れますので畑も複数の村に分散しているシャトーがほとんどです。その中にあって、アルサック村にあるこのシャトーは畑が分散することなくまとまった形で構成されています。長らく、サン=テステフの第三級、シャトー・カロン=セギュールのガスクトン家が所有していましたが、1998年、同じマルゴーの第三級シャトー・ジスクールのオーナーが買い取り、現在に至っています。

 2018年のセパージュ等はカベルネ・ソーヴィニヨン40%、メルロ30%、カベルネ・フラン16%、プティ・ヴェルド14%。新樽率50%、樽熟成14か月。

 マルゴーのワインの特徴はメドックの中では色は赤みが強く、香りに独特の青臭さ(ピーマン臭という方もいます)があります。ソーヴィニヨンの比率が抑えられているのでタンニンも強すぎず、ボディも重すぎず、エレガントな趣のワインが出来ます。「ワインの女王」と呼ばれるボルドーワインにおいてその名に一番相応しいのは「マルゴー」のワインと言えるかもしれません。シャトー・デュ・テルトルはそうしたマルゴーの特徴を優れて体現しつつも、高騰する格付けシャトーの中で価格はいまだ控えめとまさに通には見逃せないアイテムとなっています。是非、この機会にお試しくださいませ。

ご紹介のワインについてのお問い合わせは株式会社AVICOまで 

略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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