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「酒番日記」映画、音楽、本、時々酒、のこと第9回

「酒番日記」 映画、音楽、本、時々酒、のこと

 

久しぶりの酒場にて

またしても自身の過去を否が応でも振り返る

人生初のBARのこと、東京という大都会でのBARのこと

 

進学して間もない上京して3か月という若者二人がカウンターに座る

小さな声で 「ノンアルコールでお願いします」

思わず 「えっ?」という返事にさらに小さく

「僕らまだ19歳なんです」

見るからに緊張した面持ちの中の瞳を輝かせながらカウンターの端に座り

背伸びしたい丸まった背中の二人の前には

苦みと甘みのバランスが程よいカクテル「シャーリーテンプル」

 

真っ白で清潔感の溢れるシャツの襟を正しながらカウンターにたどり着くひとりの若者

「初めてなんです、どのように注文したら良いですか?」

聞けば23歳にして興味津々のBAR初体験の一杯は

日本生まれで世界発信したカクテル「バンブー」を少しだけ飲みやすく

 

少し前に23歳だった男性が距離の保たれた隣の席に座る

彼自身の路地裏の小さな酒場の体験を静かに語る彼の前には

いつものお気に入りのカクテル「モスコミュール」

路地裏の酒場の3倍の長さがあるカウンターの端でグラスを磨きながら

心の中では「ありがとう」

 

丸い小さな灯りに引き寄せられた故郷の町の路地裏の懐かしく切ない記憶がよみがえる

重そうな扉に閉ざされたBARの文字

勇気を振り絞って押した先に広がる大人たちの空間

その気配に圧倒されながら戸惑い立ち止まる

偶然か必然かカウンターの端の一つだけの空席

穏やかに微笑むママの隣でバーテンダーがひと言

「あれ、未成年かな?」

「あ、はい…」

「しょうがないなぁ」

目のまえに置かれたカクテル「シャーリーテンプル」

なけなしの小銭をかき集めて通った路地裏の酒場

初めて学ぶ大人の世界、音楽、映画、本そして酒

店がはねたあとでも語り明かした日々

彼と接して旅人であり続けたいと想い憧れた日々

その後の人生に大きな大きな意義を与えてくれたのは言うまでもない

 

後ろ髪を引かれ上京した5年後、30数年前の東京

初の勤務地となった渋谷の街で看板に惹かれて入った小さな酒場

何を頼んで良いかわからず苦し紛れのビールを注文

初老のマスターがひと言

BARにはビールなんてないよ」

「え…、あー、ではえーっと、ジャック・ダニエルをください」

目の前の琥珀色の液体になみなみと満たされたショットグラスに背筋を伸ばし向きあった夜

 

今から数年前、久しぶりの渋谷の街に懐かしい看板を見つける

変わらずあり続けたその看板に思わず扉を開く

その目の前に並ぶ生ビールのタップ、リズムよく流れるラップ

その向こう側の自身の年齢の半分程のマスターにひと言

「生ビールをください」

旨さと切なさに背筋丸まる壮年男子

 

時代が変わってちょうど30年前の新宿

先輩に連れていかれた地下に広がる長いカウンターのBAR

そこに集う大人たちと行き交う酒と心地よく交わる音楽に酔いしれる

自身にとっての東京、格好良い大人たちとその時間

通い続けて30

場所は銀座に変わってもカウンター越しに出会える皆が50歳を超えたやさしい時間

 

10年前、四十を超えたある日、故郷で訪ねたあの路地裏

変わらず灯るやさしく丸い灯りに喜び一杯で軽く感じた扉を押す

年を重ねたママが独り静かに音楽に身を委ねる

「あ、あなたね…」

「お久しぶりです、20年ぶりぐらいですか、ようやく来られると思えたので」

「あ、そうなのね、ありがとう」

「マスターは?」

「あ、あいつね…、いっちゃったよ」

「え、九州に帰られたんですか?」

「何年になるかなぁ、あのバイク事故」

「えっ」

 

シャーリーテンプルにひどく酔ったその夜

流れる曲は、DONNY HATHAWAY/DONNY HATHAWAYよりA SONG FOR YOU

「懐かしいでしょ、この曲」

「はい」

「あいつ好きだったからね」

「そうですね…」

「そういえば、あいつ言ってたのよ、あの若者元気かなって」

「ありがとうございます」

 

また一人、感謝の気持ちを伝えたい男が去った

 

酒場にはたくさんの物語がある、と思う

きっと誰にでも、どこにでも、少しだけでも

 

今日もまた一日の物語が終わり、賑わいを控えた銀座の街の灯りも消えていく

またあしたも美しい時間になりますように

少しだけでも

 

 

令和37月吉日

酒番 栗岩稔

 

プロフィール:木挽町路地裏の伝説の名店 bar sowhatを終え、新たなステージで日々人と酒を通して時間を提供する傍ら、ブランドマーケティング業、服飾業等の経験から事業提案、イベント企画運営、パーソナルスタイリング業も行う。20216月よりインターネットラジオ局にて番組パーソナリティとして参加するなど多岐にわたり活動。

現在は、銀座ソニーパーク地下4階で期間限定のBar Moritaにて酒番を務める。

 

〇お知らせ

6月中旬よりインターネットラジオ局 WAH ! RadioにてJazzを中心として映画や本など多岐にわたり、選曲家で音楽ライター 大塚広子、垣畑真由の二人と語るカルチャー番組がオンエア。ぜひお耳にかかれますように。

WAH! Radiowww.wahradio.orgにて公開中

 

 

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