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『酒番日記』 映画、音楽、本、時々酒、のこと 第16回

師というかオヤジというか、とても大きな存在の人の事務所の片付けに行った
人一倍きれい好きで置くものの位置や置き方まですべて計算していた
その人の事務所とは思えないほど散らかされていた
言葉を失くし無言で片付けたそのすべてのものに見覚えがあった
ナポリで仕立てたジャケット、シャツ、ネクタイ、すべてが散らかされていた
人とのつながりを大切にして、人一倍寂しがり屋だった人の大切な場所で
他人の冷たさを感じるほど、とにかく散らかされていた
書斎には愛蔵書、数々の手掛けた作品とその資料
その傍らの棚には埃まみれのドレスシューズがあった
モンクストラップ、ストレートチップ、ウイングチップ、スリップオンシューズ
灰色の靴になっていた黒い靴にやるせなくなり、そのままかばんに預かった
似たようなサイズだったことを思い出し、大切に履けることを願いながらしまった
その夜ひとりラフロイグソーダを呑みながら、ラフロイグで靴を磨いた
元通りの輝きを取り戻して安心したが、切なく酔った

あれから7年が過ぎたこの春、久しぶりの立ち仕事でその靴の意味を再認識した
それぞれのスタイルに合う靴、それぞれの場面で必要な靴
それぞれの履き心地、それらを靴の底から体感した
仕事先に歩く時、室内にいる時、一歩踏み出す時
すべて足の裏から何かを伝えている靴
地に足が着いているかどうかを問われるように
フィレンツェの石畳を意気揚々とイタリア靴で歩いた若い頃に靴底から感じたあの靴の意味以上の
生き方すべてのスタイルを感じる靴の意味を銀座の端っこで足の裏で感じた
その仕事を終えた夜ラフロイグで磨き、ラフロイグソーダを呑んだ
酒のこと、音楽のこと、服のこと、旅のこと、すべてのスタイルを体現し、伝えてくれた
時間がかかり過ぎたものの今さらながら感謝し心地よく酔った

その人のことを思うと必ずマンハッタンを思い出す

30年近く前は出張で訪れることが多かった、ニューヨーク州マンハッタン
仕事の合間に訪れた5番街の百貨店でスーツのセールに遭遇する
小さい日本人には揃ったすべてのサイズに買う気満々の品定め
皺だらけのカジュアルシャツ、プレスされていないチノパンに汚れたデッキシューズの若者
目に入らないかと思うほどに目もくれず、声もかけない老齢の専門スタッフ
翌日、プレスの効いたボタンダウンシャツにグレーのパンツに磨いたリボンタッセルで再チャレンジ
「日本からかい?昨日もいたね」と同じ専門スタッフ
「このスーツが良いかな、いつ帰る?それとも住んでるのかい?」
「明後日の朝一番のフライトです」
「そうか、わかった、明日来れるかい?」
と特別のフィッティングルームに案内され最上のサービスで紺無地のスーツを買った
今では着ることすら出来ないものの大切な記憶になった街での出来事

ある映画の中でアメリカの片田舎からマンハッタンに向かう孫か息子に
「困ったことがあって誰かに尋ねることがあったら、その人の靴を見て判断しなさい」
という老人のセリフも思い出す


マンハッタンには350回行ったと嘯くこともあったその人
詳細に街のことを教わり30代初めは年に2回ずつ訪れたマンハッタン
紹介されて、会う人、行く店、行く酒場、すべてが糧になっているこのことは間違いない

生き方というか、そのスタイルを体現してくれたその人
木挽町の小さな酒場に突然現れ話し込んだたくさんのことの中で
「ギター弾きの面白い若いのがいるから聴いてやってくれるか」
と託されてから10年を越えたその「若いの」が作った曲を今ここで命日が近づく頃に
STYLE   https://youtu.be/MoW6biLcsgM を


令和4年春分の日の前に
酒番 栗岩稔

栗岩稔プロフィール
鎌倉THE BANK、 銀座7丁目クロージングサロン、木挽町路地裏の酒場 bar sowhat、銀座5丁目 Ginza Sony Park Bar Morita で大人の集う酒場を作り上げ
人と酒と酒場をその歴史や文化から掘り下げ伝えていく唯一無二のフリーランスの酒番として活動中

2021年夏よりパーソナリティを務める WAH! Radio www.wahradio.org  でお耳にもかかれますように

Webサイト開設のお知らせ
栗岩稔のSTYLEを人やモノを通して伝えるメディアとして  https://www.kuriiwastyle.com/ がはじまりました
少しずつですが栗岩稔のスタイルにご期待ください
こちらではお目にかかれますように

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