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「酒番日記」映画、音楽、本、時々酒、のこと第6回


「酒番日記」映画、音楽、本、時々酒、のこと

街中に教えられた通りのスーツに着られ、
スマホ片手に言われた通りのカバンを持った若者を目にする頃
散り急ぐ桜の花と咲き急ぐ藤の花の下、ふと吉田健一著「酒談義」(中公文庫)の一説を思い出す。

犬が寒風を除けて日向ぼっこをしているのを見ると、酒を飲んでいる時の境地というものに就て考えさせられる。そういう風にぼんやりした気持が酒を飲むのにいいので、自棄酒などというのは、酒を飲む趣旨から言えば下の下に属するものである。頭でっかちな酒の飲み方で、早く酔いたい一心でいれば、体の他の部分が承知しないから、それまでのむしゃくしゃした気持が悪酔いの不愉快な状態に変るだけである。むしゃくしゃしているのなら、面と向ってその気持なり、その気持の原因なり何なりを見詰めた方が男らしいように思える。尤も、酒を飲めばそれが一層よく出来るというのなら別で。それならばそれは自棄酒の部類に入らない。(本文より抜粋)

35 年前人生はじめての自棄酒というものにやられた。自棄の理由は若気の至りのフラれた男子。
人生はじめての二日酔い。人生はじめての大ケガがもとの、人生はじめてのヒゲ。
記憶にあるのは転がった道路から見上げたきれいな春の夜空。

そういえば今朝の新聞文化欄「飲みニケーション」どこへ行く、という記事を見た。
「飲み二ケーション」は日本型社会の美点とさえいわれたが、そっぽを向く若者も増えている。
「飲み会」は、どこから来てどこへ向かうのか、とはじまる文面。(朝日新聞文化欄より抜粋)

35 年前の自棄酒以来、独り酒が多く自身も「飲み二ケーション」とやらは不得手であった。
それでも、酒席での大切なコミュニケーションはとれていたと思うが…。

民俗学者柳田国男著「明治大正史世相篇」(平凡社)の中で、
独酌はたしかに又明治大正時代の発達であった。元来は酒は集飲を条件として起ったもので、今一つ以前は神と人と、共に一つの甕のものに酔ふという点が、面白さの源を為して居たのである、ともある。(本文より抜粋)

酒で失敗した男の映画は数あれど、
吉田健一著「酒談義」(中公文庫)、柳田国男著「明治大正史世相篇」(平凡社)をご一読あれ。

今日はとっても演歌な気分、吉幾三「酒よ」でも。

明治大正昭和平成令和、
酒は何処へ向かうのか、などと大それたことを一考する日向ぼっこの桜のベンチ。

手にしたコップに花弁一枚落ちてきた、今日もやっぱり独り酒。

令和3 年4 月吉日
酒番栗岩稔

プロフィール:木挽町路地裏bar sowhat を終え、新たなステージで日々人に向かい酒を通して時間を提供する傍ら、ブランドマーケティング業、服飾業等の経験から事業提案、イベント企画運営、パーソナルスタイリング業も行う。
来春から、インターネットラジオ局にて番組パーソナリティも予定するなど多岐にわたり活動

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