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『美食通信』第十回「羊羹好き」

 旅の土産に何をよく買われるでしょうか。もちろん、出かける場所の名物ですのでそれぞれ異なることと思います。国内と海外では全然違うでしょう。食べ物じゃないかもしれません。でも、例えば、台湾であればパイナップルケーキが定番の一つではないでしょうか。筆者は台北に出かけるとオークラプレステージ台北のパティスリーに必ず寄って、パイナップルケーキをお土産に買います。そう、スイーツはやはり旅の土産に最適ではないでしょうか。ただし、ある程度日持ちのするものでないと困ります。ですから、パイナップルケーキが選ばれるのでしょう。

 さて、筆者は毎年、九月初めに二泊三日の旅行に出かけるのを常にしております。ですので、今年は当初、このコロナ禍もオリンピックの前には一段落しているのではないかと思い、昨年台北に行くことが出来ず、静岡に出かけましたので、今年はソウルに行きたいと思い、ホテルを早々に予約しておきました。ところがどうも雲行きが怪しいというか、好転するどころかどんどん悪くなる一方で、六月に入って早々にソウルを諦め、ホテルの予約を解約し、国内旅行に切り替えることにしました。では、何処に行こうかと考えた時、すぐ思いついたのが長野県の松本と諏訪にそれぞれ一泊する旅でした。

 昨年の静岡は筆者の今は亡き両親の故郷、静岡市に出かけるのを目的としました。筆者は転勤族の父の仕事の関係で東京生まれ。一度も静岡に住んだことがありません。両親共に亡くなってから静岡を訪れることがなかったのでちょうどよい機会だ、と。また、レストラン格付け本『ゴ・エ・ミヨ』日本版で静岡市に「カワサキ」という優れたフレンチが開店したというではありませんか。これは行かずしてどうしましょう。

 そして、今年は筆者が三歳から十歳までの七年間を過ごした上諏訪に出かけたいと思ったのです。住んだことはないが筆者のルーツである静岡。そして、幼年期を過ごした諏訪へと人生を振り返る旅を続けようと。また、「カワサキ」が掲載された『ディスカバー・ジャパン』誌(20215月号)に浅間温泉の旅館をリノベした「松本十帖」が掲載されており、ブックホテルの「松本本箱」に泊まり、そのメインダイニング「三六五+二」でコペンハーゲンの「noma」の影響を受けたクリストファ―・ホートン氏の監修する「信州ガストロノミー」を堪能したいと。もちろん、諏訪時代、両親と浅間温泉を訪れたことがあったものですから。

 さて、静岡、諏訪と一見土地柄としてはかけ離れている場所に赴いたのですが、土産に買ってきたのは共に「羊羹」だったのです。筆者にとって、静岡の思い出の甘味と言えば、まずは母の実家の近く安倍川橋のたもとある元祖「安倍川もち」の石部屋(せきべや)です。祖父に連れられ、従弟たちと安倍川べりを散歩して、石部屋に寄って安倍川もちを食べて帰るのが慣わしでした。昨年訪れた際も佇まいは変わらず、土間に上がって食べる畳席もそのままでした。ただし、筆者は安倍川もちが苦手で(とりわけ、きな粉をまぶした方は口がパサパサになってむせてしまうので)、好物はもちを白玉状に軽くつぶし、ゆで汁の中に浮かべて供し、わさび醤油で食する「からみもち」。表面がやや溶けて、もちそのものの甘味がわさび醤油で引き立つのは絶品と言わざるを得ません。残念なことに土産用の安倍川もちでさえ賞味期限は当日中で、からみもちは持ち帰り出来ません。

 では、何を土産に買うのかと言えば、「追分羊かん」です。旧東海道の清水と静岡の間に「追分」という地名があり、その街道沿いに今も古びた追分羊かんの本店があります。いつもは駅の売店などで買っていたのですが、最近は車で出かけ、街道沿いをさらに少し進んだ所にある「芳川」という料理屋で鰻を食するので行き帰りのどちらかに追分の本店に寄って買うことにしています。「芳川」も清水次郎長、西郷隆盛の訪れたことのある由緒ある店ですが、「追分羊かん」は一六九五年創業という大変な老舗。駿府に隠居した徳川慶喜、清水次郎長も好んだと言われ、清水出身の漫画家さくらももこさんの好物でもあった名物です。

竹の皮に包まれた弾力のある独特の食感の羊羹は、羊羹にうつった竹の皮の香りや味が実に美味で筆者も子供の頃から大好きでした。近年は真空パックになっているので日持ちも良く、家に帰ってから毎朝適宜切り分け一切れずつ食すると、羊羹と言えば、筆者にとっては追分羊羹のことなのだとひしひしと感じる次第です。

 一方、今年の松本・諏訪への旅でも何故か土産は羊羹でした。それは下諏訪の諏訪大社下社秋宮の隣に店を構える「新鶴(しんつる)」の「塩羊羹」です。明治六年創業の新鶴は塩羊羹の元祖と言われています。餡を固めるのに用いるのは地元茅野産の天然寒天という諏訪の地ならではの銘菓。これも、諏訪に住んでいた頃、よく食していました。もう半世紀以上前になりますので、当時は洋菓子もまだ珍しく、児童文学者、大石真の『チョコレート戦争』(1965年)を買ってもらい読んだ筆者は洋菓子に多大な憧れを抱いていたくらいです。父が買って帰るそのような洋菓子のお土産と共に、ちょっと贅沢なお土産だったのがこの塩羊羹でした。不思議だったのは羊羹というのに色が灰色がかっていること。そして、その名の通り、甘さの中に漂う絶妙な塩味でした。寒天を用いているので食感は追分羊かんとは対照的にしっかりとしていて噛み応えのある重量級。しかし、味は軽やかで甘味が抑えられているので案外たくさん食べられてしまうのです。色が小豆色ではないのはあく抜きのため小豆の表皮を全部取り去って用いているからだそう。

 生まれて初めて「新鶴」本店に出かけました。ここもまた鄙びた店構えで神社の脇ということもあり、何とも風情がありました。コロナ禍で人もまばらで快適でした。こちらは夏ですと五日くらいの日持ちです。これは帰宅の翌日から毎朝一切れ、五日で食べ切りました。

 筆者の人生にとって意外にも「羊羹」は重要な美食であり、「羊羹好き」だったのかと実感した次第です。

 

今月のお薦めワイン

「辛口白ワインの代名詞 シャブリ」

「シャブリ テロワール・ド・ベル 2017年 シャトー・ド・ベル」 5500円(税抜)

 「シャブリ」という名はもしかすると辛口白ワインの代名詞かもしれません。「生牡蠣にシャブリ」。酸がしっかりしているので殺菌にもなるなどと言われたものです。実は、「キンメリジャン」という牡蠣など貝類の化石からなる石灰質の土壌からシャブリは産まれますので余計に牡蠣が連想されるのでしょう。ところでシャブリはシャルドネから造られます。そう、シャブリはブルゴーニュワインなのですが、その場所はブルゴーニュの心臓、「コート・ドール」でもなければ、デジョンからリヨンにかけてのいわゆるブルゴーニュ地方にもありません。北西にある飛び地のヨンヌ県に存在し、「葡萄の孤島」と呼ばれることもあるようです。石灰質の土壌はミネラル分に富み、ですので酸が際立つのは酸に金属的なニュアンスが加わるからと考えるとよいでしょう。また、キンメリジャンではない土壌から造られる「プティ・シャブリ」という若飲みのよりフルーティーな手頃な価格のワインもあります。シャブリ自体もグランクリュまでピンからキリまでといった感じ。発酵はステンレスタンクかガラスコーティングのセメントタンクで行われ、熟成に樽が用いられます。高級なものほど樽のかかった感じに仕上がります。ですので、酸の効いた果実味+ミネラル感がベースで樽がけが+αという味わいです。

 今回ご紹介するシャトー・ド・ベルはシャブリの東に位置する人口六十名ほどのベル村の当主一族が造るワイナリーです。その歴史は四百年を超えるということですが、現在のスタイルは2005年にシャトーを受け継いだアテネ女史によるビオロジックな自然派のワインとなっています。2017年ヴィンテージは酸、ミネラル、樽感が絶妙なハーモニーを醸し出し、シャブリにしては柔らかな仕上がりになっています。一部にしか出回っていないものですので、この機会に是非。

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略歴
関 修(せき・おさむ) 一九六一年、東京生まれ。現在、明治大学他非常勤講師。
専門は現代フランス思想、文化論。(一社)リーファーワイン協会理事。
著書に『美男論序説』(夏目書房)、『隣の嵐くん』(サイゾー)など、翻訳にオクサラ『フーコーをどう読むか』(新泉社)、ピュドロフスキ『ピュドロさん、美食批評家はいったい何の役に立つんですか?』(新泉社)など多数。
関修FACE BOOOK
関修公式HP

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